燃料電池の拡散層に分類されるMPLについて。
MPLはなぜ燃料電池の性能向上に寄与するのか
PEM燃料電池の水の管理を促進するためのMicro Porous Layer(MPL)について、引用数の多い論文*を読みました。GDLのカーボンペーパーにsublayer(いわゆるMPL)を設けると性能上がるよ!というアイデアの元になっています。
これ以前にも、触媒層とカーボンペーパーの間に微細性PTFE/カーボン層を設けるとPEM燃料電池の性能を向上できる(カーボンペーパーのばらつきによる性能影響を低減できる)という論文はいくつか出ていたようですが、明確に効果をまとめたのはこの論文が初めてなのかもしれません。
- ・2.0[A/cm2]でstoichiometries of air and hydrogenが10になるように設定している。つまり水素の10倍以上の酸素が投入されている。水素・空気共に加湿しIVを取得すると、sublayerを追加によって電流密度0.4[A/cm2]における電圧が0.5→0.65[V]と向上している。
- 改善に寄与する主な要因は、カーボンブラック粒子凝集体のサイズ。非常に小さく疎水性の穴が均一に分布し、液滴を生成できないようにすることで、フラッディングを防ぐことができる。また、カーボンペーパーと触媒層の接触をよりよくする事も性能向上に寄与する。
なぜMPLが必要なのか理解できます。微細な疎水性の穴が均一に存在することで水が生成せずフラディングが向上するとのことですが、明らかにガス輸送性(移流・拡散)は低下するので、電流密度域によっては逆効果にも思える(実際、Fig4の0.1-0.2[A/cm2]ではsublayerのない構造の方が若干性能が高い)。稼働する領域によって、疎水性と細孔サイズに最適点があるのだと思います。
評価方法について、ガスを加湿して評価していますが、高電流密度で生成水が多い場合には、拡散層→触媒層→膜、と水が供給されるだけでなく、触媒層→拡散層、という生成水排出も必要な条件での評価結果もあるのか気になります。
MPLの機械的強度と、圧縮による影響
最近読んだ文献**は、MPL構造の再構築と、機械的圧縮によるMPL物性変化を追った(the effect of mechanical stress on the MPL transport properties)ものでした。確立モデルに基づいてMPL構造を作成し、格子ボルツマン法を用いて拡散性能を評価しています。
物性/性能 | 圧縮ストレス 0 | 圧縮ストレス 0.35 | 変化 |
---|---|---|---|
拡散トルトゥオシティ | 2 | 8 | 増加 |
電気伝導率 (S/m) | 750 | 3250 | 増加 |
熱伝導率 (W/(m・K)) | 0.25 | 0.5 | 増加 |
液体水の透過性 (μm^2) | 1.1 | 0.05 | 顕著な減少 |
圧縮ストレスの増加に伴い、有効ガス拡散率は減少し、拡散トルトゥオシティ(屈曲度)は増加します。これはMPLの圧縮により多孔性が減少し、ガスの輸送抵抗が増大、圧縮によりMPL内の炭素粒子がより密接に接触し、電子および熱の伝導が向上、圧縮により多孔性と孔のサイズが減少し、液体水の輸送抵抗が増加するとされています。
ここで気になるのは、果たして実際のMPLは機械的圧縮によって変形するのか、というものです。文献によると、実験的にMPLの圧縮影響を見た先行研究はない、としています。
GDLとMPLの相互作用
ガス拡散層(GDL)の構成要素である基材と撥水層(MPL)の組み合わせによってどの程度性能が変わるのか、相互作用を調べたペンシルベニア州立大学の論文を読んだ。
Investigation of macro- and micro-porous layer interaction in polymer electrolyte fuel cells
固体高分子形燃料電池におけるマクロポーラス層とマイクロポーラス層の相互作用の解明
固体高分子型燃料電池のガス拡散層についての論文。
ペンシルベニア州立大学が行った研究で、基材とMPLの組み合わせごとに、広範囲の作動条件に渡ってパフォーマンステストを実施したというもの。
拡散媒体=DM(Diffusion Media)は、水と電子と熱の輸送に影響する。多孔質基材に親水性の不均一なコーティング(テフロン)が施され、適切な濡れ性を実現する。
MPLはPTFEと混合したカーボンブラックの層で、CL-DM層間の電気的接触(機材のファイバーがCLに侵入しない)と機械的適合性を向上させ、液体の水の流れが高分子膜を介してアノード側に送られ、膜の脱水を防ぐことができる。
GDLが性能に及ぼす影響は、GDL基材(macro-DM backing layer)とMPLの相互作用によるところが大きいが、毛細管流動の議論にとどまっている。基材とMPLの組み合わせでどのように性能が変化するのか、また耐久性に影響があるのかを、実験的に調査している。
評価条件はstoichiometric ratio= 1.2, 2、ウェット条件ではセル温度60度、相対湿度100%RHでanode/cathodeガスを加湿している。C,NW,Pの3基材に対してM,CのMPLを塗布(or塗布しない)という8条件で検討している。
MPLの付与によりいずれも性能が向上する。C+Cの組み合わせではMPLなしに対して0.4Vに至る電流密度が1.8[A/cm2]→3.2[A/cm2]まで向上している。
結果をまとめると、
・アノードにMPLを設置しても抵抗は変わらないし、組み合わせによるばらつきも小さい
・カソードは基材とMPLの関係で効果度が異なる
・MPLには、疎水性の劣化を低減する効果もある
マッシブなレポートだった。
基材とMPLの組み合わせ次第で性能が変わるということだと、いずれか単品での設計で性能向上の見られるものを組み合わせても意味がなさそうだ。撥水性の劣化に効果あり、というのは初耳だった。長期間液水に晒されることで、炭素繊維の構造やバインダーの配向、PTFEの量が変化する可能性があるとのこと。これが本当であれば、生成水が多く通るようなクラックが存在すると、その部分の撥水性が低下して劣化しやすくなるなどの問題があるかもしれない。
MPLによる水制御の試行錯誤
膜の湿潤と、過剰な水の削減の適切なバランスは、PEFCの課題である。LG Chem, Ltd.は、2 July 2019.に公開されたRenewable Energyで興味深い塗布方法のMPLを提案している。
・0.5mm間隔で縞状に2種類のMPLを塗布するパターン化ガス拡散層(P-GDL)をインクジェット印刷によって製造したところ、水管理能力が向上した
・MWCNT:繊維にカーボン粒子が吸着している
・Vulcan:通常のカーボン粒子群
・それぞれの水の接触角は154°/149°でわずかではあるが差がある。
・70℃、50%RH、1.2A/cm2において、通常品よりもP-GDLは50mV程電圧が向上している。
・カーボンとバインダーで構成されたメソ構造モデルを用いて、形態計算による液水の圧入計算を実施したところ、MWCNTパターンに水が蓄積されたあと、CVパターンに充填されることが可視化できた。
高度な論文だった。50%RHおよび30%RHで評価しているが、より液水量の多い条件下で同様の効果が得られるのか気になる。おそらく研究室レベルの実験だからだと思うが、焼成時間が2時間以上というのも気になった。当然コストも上がるだろう。これを実製品で使うにはかなりの根性が必要だろうと思う。
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