燃料電池は、細かい穴の開いた複数の部品を組み合わせで、水素と酸素を反応させています。
細かい穴はナノメートルからマイクロメートルである一方で、燃料電池そのものは数十センチであり、これらすべてのスケールの計算を同じ構造格子で計算することは困難です。
燃料電池のシミュレーションに関して、Panasonicが「燃料電池マルチスケールシミュレーション」という技報を公開しています。
この論文では、小さいスケールで計算した物性値を、燃料電池の部品スケールの計算に用いることで、部品の素性が変わった際にも、性能変化を予測できるようにする試みがなされています。
家庭用燃料電池としてエネファームのシステムを製造するPanasonicは、PEMの材料設計をシミュレーションによる性能予測から可能としている模様。
・Pt触媒(数nm)、カーボン担体(数十nm)、アイオノマー(Nafion)で構成される触媒層構造を設計する事を目的としたマルチスケールシミュレーションを開発。
・拡散係数、溶解度およびプロトン伝導度を分子動力学(MD,J-OCTAおよびLAMMPS)により求め、触媒層内の多成分ガス拡散をMC-LBM(multicomponent lattice Boltzmann methode, 内製)を用いて実効自己拡散係数と相互拡散係数およびプロトン伝導度を計算、これら物質輸送特性をマクロスケールに適用
・計算対象がガスの場合、Navier–Stokes方程式の適用限界は6μm程度で、燃料電池のガス拡散層や触媒層のような小さいスケールの移流・拡散の近似にはLBMのBGK法が向いているが、単相ガスしか解けない。
・MC-LBMによって算出された多相の実行相互拡散係数は、バルクの値の0.1~0.8倍となり、一般的な空隙率に比例するモデルは拡散性を実際より高く見積もる恐れがある事を示唆している。
・マクロスケールでのIV予測の結果、筆者らのターゲットとなる運転領域(~0.8[A/cm2])において、電圧予測精度が±10mV以内となった。
全般的に非常に勉強になりました。N-S方程式の適用限界があり、触媒層などのスケールの流路の移流・拡散を予測できないかもしれない、という事は知りませんでした(昔大学で学んだのかもしれんが)。クヌッセン数を計算した際に0.1を超えるような条件に至るものでしょうか。
今回精度検証で示されている電流密度0~0.8[A/cm2]であれば、生成水の少ない領域であるため予測ができそうですが、濃度過電圧が効いてくるような高電流密度や、生成水の多い過加湿の条件やでも予測が可能か気になるところ(家庭用PEMの動作範囲はよくわからないですが)。
この手法によって様々な触媒層構造を計算し、試作してみて、どこまで計算精度が実測と揃うのか。触媒層の試作のばらつきなどもあるなかで、どれほど定量的な評価ができるかも含めて棘の道と推察するが、続報を楽しみにしたいと思います。
関係ないですが、久々に日本語の論文を読んで母国語だとこんなに読みやすいのかと感じました。もっと英語勉強しよう。
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