近年、リチウム空気電池はその高いエネルギー密度や安全性から、電気自動車や産業用途などで大きな注目を集めています。
本稿では、リチウム空気電池に関する特許出願状況を分析し、各企業の研究開発動向や課題、さらには今後の展望について詳しく解説していきます。これから電池の技術や市場がどのように変化していくのか、関心を持っている方はぜひご一読ください。
【図解】リチウム空気電池とは?
リチウム空気電池は、空気中の酸素を正極に用いることで高いエネルギー密度を持つ、二次電池の一種です。革新電池と呼ばれるもので、実用化は全固体電池よりも先、2030年以降との見方が強い将来技術です。
開発中のリチウム空気電池と、現在主に使用されているリチウムイオン電池の比較を示します。
項目 | リチウム空気電池 | リチウムイオン電池 |
---|---|---|
エネルギー密度 | 高い (理論値 1000 Wh/kg以上) | 比較的低い (150-250 Wh/kg) |
安全性 | 高い (固体ポリマー電解質) | 中程度 (液体電解質) |
耐久性 | 未確定 (研究段階) | 高い |
コスト | 比較的安価 | 比較的高価 |
応用分野 | 電気自動車、産業用途など | 広範囲の用途 |
研究開発・実用化の進捗状況 | 研究段階 | 実用化済み |
リチウム空気電池はエネルギー密度が高い一方で、まだ研究段階の技術です。一方で実用化されれば、社会に大きなインパクトを与える技術でもあります。
リチウム空気電池は、従来のリチウムイオン電池に比べてエネルギー密度が非常に高いことも特徴で、コスト面でもリチウム空気電池の方が優れているとされています。
従来のリチウムイオン電池とは異なり、電解質として液体ではなく固体のポリマー電解質を使用することで、液漏れを防止し、安全性が高くなっています。
リチウム空気電池の特許出願状況
リチウム空気電池の開発動向を探るため、各企業・団体のリチウム空気電池に関する特許出願数を集計しました。
トヨタ自動車は、全固体電池等、次世代電池の研究開発で先行しており、リチウム空気電池においても特許数で他を圧倒しています。
しかし、2023年時点の累計だけでなく、出願数の推移を確認すると、かならずしもトヨタ一強と言えない状況にあることがわかります。
サムスン、スズキ、物質・材料研究機構(※)、パナソニック、ソフトバンクなどの企業は、2014年から2023年までの間に特許出願数が増加しています。
一方でトヨタ系の企業群(トヨタ、豊田中研、TEMA)は2016年以降の特許数の伸びが少ないことがわかります。研究開発の方針に変更が行われた可能性が示唆され、リチウム空気電池の開発を継続しているのかどうか不明瞭です。
特に、近年特許数を伸ばしている企業は、トヨタよりも多くの知見を持っている可能性もあり、一概にトヨタ一強と言えない状況です。
※ 物質・材料研究機構(NIMS)は日本の研究機関であり、材料科学・工学、ナノテクノロジー、エネルギー・環境などの分野において、基礎研究から応用研究までを幅広く行っています。
注目すべき個別企業
リチウム空気電池に関する特許出願数の推移から、注目すべき個別企業を紹介します。
スズキ
2012年から2019年にかけて、リチウム空気電池に関する特許を多数出願しています。スズキの特許は主に負極材料とその製造方法に関するものが多く、正極・電解質に関する特許は少なめです。
特許出願番号 | 出願年 | 対象とする部材 |
---|---|---|
特開2019-091703 | 2019 | 電解質 |
特開2018-147572 | 2017 | 負極 |
特開2018-026207 | 2016 | 負極 |
特開2018-022655 | 2016 | 負極 |
再表2017/187888 | 2018 | 負極 |
特開2017-157543 | 2016 | 電解質 |
特開2016-009525 | 2014 | 負極 |
特開2016-009522 | 2014 | 負極 |
特開2016-004648 | 2014 | 負極 |
特開2016-004647 | 2014 | 負極 |
特開2015-122295 | 2014 | 負極 |
特開2015-106486 | 2013 | 正極 |
特開2014-238985 | 2013 | 正極 |
特開2014-123459 | 2012 | 負極 |
これだけの特許を継続的に出願しているにも関わらず、スズキはリチウム空気電池の開発に関するプレス発表を行っていません。今回の試みのように、特許情報から開発動向や思想を読み解くことで、開発動向を追うことができそうです。
サムスン電子
サムスンは安定してリチウム空気電池に関する特許を出願しており、新しい複合膜、複合膜を使用した負極構造体、負極を含むリチウム電池、複合膜の製造方法など、実用的な特許を着実に重ねています。
サムスンの特許内容は、いずれの部材も満遍なく特許出願しています。
スズキが負極部材に着目しているのに対して、サムスンは全ての部材に着目して開発を進めており、リチウム空気電池をすべて内製しようとする狙いが読み取れます。
ソルヴェイ
ソルヴェイ(Solvay S.A.)は、ベルギーの多角的な化学企業です。主に化学品、高性能材料、先端の医療用品、エネルギーなどの分野で事業を展開しています。
2020年12月、ソルヴェイは、リチウム空気電池の実用化に向けて、中国のEVメーカーであるGAC Groupと提携し、共同開発を進めることを発表しました。また、2021年6月には、ソルヴェイは、リチウム空気電池の研究開発において、日本の三菱ケミカルと協力することを発表しています。
特許の内容を読み取ると、ソルヴェイは、新しい材料を開発し、それをリチウムイオン電池に応用することに注力していると考えられます。
出願番号 | 出願年 | ジャンル |
---|---|---|
特開2021-169452 | 2021 | 電解質 |
特開2018-135336 | 2018 | 電解質 |
特表2018-529638 | 2017 | 電解質 |
特表2017-530091 | 2016 | 電解質 |
特表2016-531093 | 2015 | 電解質 |
特表2015-530972 | 2014 | 電解質 |
特表2015-505825 | 2013 | 電解質 |
上記の表から、ソルヴェイの特許は主に電解質に関するものであることがわかります。
特に、フッ化環状カーボネートを用いたリチウムイオン電池の開発に注力しているようです。最新の特許出願が2021年であることから、今後もリチウムイオン電池に関する特許出願を行っていく可能性が高いと考えられます。
リチウム空気電池の課題と今後の展望
リチウム空気電池はまだ研究段階であり、実用化には課題が残されています。
課題は主に、Li電極のデンドライトの析出と、空気極側に供給される空気の影響です。
サイクル寿命の向上
現在のリチウム空気電池は、充放電サイクルを繰り返すと性能が低下し、寿命が短くなる傾向があります。
充放電中に、リチウムイオンが電極表面に付着(デンドライトが析出)し、短絡を起こしてしまいます。
サイクル寿命を向上させるために、電極の耐性を高めるための工夫など、試行錯誤が繰り広げられています。
空気中の湿度・汚れの影響
リチウム空気電池は空気中の酸素を正極材料として利用するため、供給する空気中の湿度や汚れが電池の性能に影響を与えることがあります。
活性が落ちにくい貴金属触媒を利用する、取り込む空気を一度フィルターに通すことで、不純物を取り除くなど、工夫が行われています。
まとめ
リチウム空気電池について解説しました。
リチウム空気電池は、電池リチウムイオン電池を大幅に上回るエネルギー密度が期待できます。
一方で技術課題も山積しており、実用化は早くても2030年以降との見方が強いです。
今後、課題を解決する技術が発展し、実用化が進展することが期待されています。
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