現在、電気自動車の普及が進む中で、車載電池の高いエネルギー密度を実現するため、リチウム硫黄(LiS)電池の研究開発が注目されています。
リチウム硫黄電池は、リチウムイオン電池に比べて、より高いエネルギー密度を持ち、今後は長距離走行に適した電池として期待されています。
本稿ではリチウム硫黄電池の特許出願状況を調査し、どの企業が開発に先行しているのかについてまとめてみました。
リチウム硫黄電池とは
リチウム硫黄電池(LiS電池とも)は、リチウムと硫黄を主な材料として使用する二次電池の一種で、高いエネルギー密度を持つことが特徴です。リチウム硫黄電池は、リチウムイオン電池のエネルギー密度(150-250Wh/kg)に比べて高いエネルギー密度(400Wh/kg以上)を持ち、今後開発が進むと、車載電池としてより長い走行距離を実現することができます。
硫黄は安価で資源的にも豊富に存在するため、リチウムイオン電池に比べて材料の供給リスクが低いこともメリットです。
リチウム硫黄電池の特許出願状況
リチウム硫黄電池の特許数を調査しました。まとめると以下のようになります。
特許数1位はサムスン、同率でナガセケムテックスです。
ランキング上位の顔ぶれからは、トヨタ自動車や現代自動車など自動車メーカーが、リチウム硫黄電池の研究開発に関心を持っていることが分かります。自動車メーカーは、電気自動車などの車両にリチウム硫黄電池を採用することで、高いエネルギー密度を持ち、車両の長距離走行を実現する電池の実現を目指していると考えられます。
特許出願数の推移
次に、2014年から2022年までの特許出願数の推移を見てみます。
特許数の累計では1位となっているサムスンですが、2014年以前のデータを見ると、サムスンの特許は2014年以降全く出願されておらず、現在も開発を継続しているのかどうか不明瞭です。
同様に、ナガセケムテックスも、2014年以降ほとんど特許出願を行っておらず、累計特許数1位、2位の企業が現在も最先端を走っていると考えるのは誤りかもしれません。
注目すべき個別企業
以下で、筆者が特許出願状況とその内容から判断した注目すべき個別企業を紹介します。
旭化成
旭化成は、化学品メーカーとしては日本で有数の規模を誇り、世界でもトップクラスの化学品メーカーの一つです。特に、繊維・樹脂・化学・電子材料などの分野で幅広く製品を展開しており、高機能化学品に強みを持っています。
2021年に、リチウム硫黄電池に関する注目すべき2件の特許を出願しています。これらの特許は、リチウム硫黄電池用の正極材料として使える多孔質炭素材料に関するものです。このカーボン材料は、比表面積が大きく、細孔容積が0.5~0.8 cm3/gであることを特徴としています。
特許内容も、電池一般の特許ではなく、リチウム硫黄電池に絞ったものであることから、旭化成がリチウム硫黄電池用材料の開発を本格的に行っていることが伺えます。
OXIS Energy
OXIS Energyは、英国に拠点を置くリチウム硫黄電池の開発・製造を専門とする企業です。同社は、高エネルギー密度、高性能、低コストのリチウム硫黄電池の開発に注力しています。
北米・欧州ではリチウム硫黄電池の主要プレイヤーとして知られており、特許はリチウム硫黄電池の電解質システム、構造方法、正極と負極をカバーしています。
2020年には、ブラジルに世界初のリチウム硫黄(Li-S)電池セル製造工場を建設する意向であると発表しました。5000万ドルの投資により2023年までに生産を開始することを目標に掲げています。
一方で経営状態の悪さも指摘されており、2021年にOxis Energyが破産手続きに入ったと報道されており、研究開発は継続しているものの、工場の稼働などの先行きは不透明です。
クラレ
クラレ株式会社は、日本を本拠地とする化学メーカーであり、プラスチックや化学製品、合成繊維、電子材料などの製造・販売を行っています。クラレは、合成繊維の先駆者である旭化成の化学事業部門が独立して設立された企業です。
クラレの特許(特開2019-036505)では、リチウム硫黄電池の負極に用いるカーボン材料が記載されており、2019年に同様の負極カーボンの特許を3件出願しています。
旭化成は正極、クラレは負極材料の特許を複数出願しており、それぞれで開発戦略が異なることが伺えます。
トヨタ自動車
クラレ、旭化成ともに材料メーカーであるため、これらを組み合わせて電池として世に送り出す企業が必要です。日本でリチウム硫黄電池を実用化できるとすると、トヨタ自動車がひとつの候補として挙がります。
トヨタ自動車は、リチウムイオン電池や全固体電池など、電池関連特許を多く出願しており、車載電池の分野では特許数で頭一つ抜けていることが知られています。
トヨタ自動車が継続的に特許出願を続けていることから、研究開発テーマの1つとしてテーブルに上がっていることが想像できます。
リチウムイオン電池との比較
開発中のリチウム硫黄電池と、従来のリチウムイオン電池を比較してみます。
特徴 | リチウム硫黄電池 | リチウムイオン電池 |
---|---|---|
エネルギー密度 | 高い(400Wh/kg以上) | 比較的高い(250-500Wh/kg程度) |
充電時間 | 長い(数時間以上) | 比較的短い(1時間程度) |
電位差 | 2.1-2.3V | 3.7-4.2V |
サイクル寿命 | 短い(数百回程度) | 長い(数千回以上) |
耐久性 | 低い (高温下で劣化しやすい) | 比較的高い |
安全性 | 低い (熱暴走などのリスクがある) | 比較的高い |
コスト | 高い (開発が進んでいない) | 比較的低い |
リチウム硫黄電池は、リチウムイオン電池に比べてエネルギー密度が高く、長時間の電力供給に適しています。
リチウム硫黄電池のメリットは高いエネルギー密度にあり、1000mAh/kgの放電容量を示したとの発表もあります。この数値は驚異的なもので、リチウムイオン電池(300~700mAh/g)の1.5倍近いのエネルギー密度を実現する可能性を秘めていることになります。
一方で、エネルギー密度以外の部分で課題が多く、従来のリチウムイオン電池をしのぐ電池を世に送り出すためには、さらなる研究開発が必要です。
“全固体”リチウム硫黄電池
2020年代後半の実用化を目指して、全固体リチウムイオン電池が開発されていますが、その次の技術として「全固体リチウム硫黄電池」にも注目が集まっています。
リチウム硫黄電池は、液体電解質を使用するため、液漏れや発熱、燃焼の危険性があります。これらの問題を解決するために、全固体電池リチウム硫黄電池が注目されています。
全固体電池リチウム硫黄電池は、従来のリチウム硫黄電池とは異なり、液体電解質ではなく、固体電解質を使用します。
固体電解質は、液体電解質よりも高い電気伝導率を持ち、液体電解質と比較して熱安定性が高く、液漏れや発熱、燃焼の危険性が低くなります。また、固体電解質は、リチウムイオンの通過を制限するセパレーターを必要としないため、バッテリーの厚みを薄くすることができます。
リチウム硫黄電池の今後の見通し
リチウム硫黄電池に関する研究は、この10年で日進月歩してきました。
一方で、解決すべき課題も多く、電池内部匂いける反応の分析・解析や制御、デメリットを克服するためのあらたな材料の開発が望まれます。また、固体電解質を用いたリチウム硫黄電池の開発も行われており、更に高いエネルギー密度(600-800Wh/kg)の電池の実用化も期待されます。
今後の見通しについて、英OXIS Energyは2023年までにリチウム硫黄電池の製造を開始すると発表していました。しかし、その後同社は経営難に陥っており、量産の目途は少し伸びた印象があります。
まとめ
リチウム硫黄電池の研究開発動向を特許調査から探りました。
サムスンとナガセケムテックスが特許数1位だが、2014年以降ほとんど特許出願を行っていない状況です。継続して特許を出願している旭化成、OXIS Energy、クラレが、リチウム硫黄電池の研究開発に力を入れており、それぞれ異なる開発戦略を持っていると読み取れます。
リチウム硫黄電池は、エネルギー密度が高い一方で、充電時間やサイクル寿命、耐久性、安全性などで課題が残っています。
今後も動向に注目していきたいと思います。
関連記事
コメント