電池材料開発におけるXPSの役割

リチウムイオン電池
「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第 2 期)」 事業原簿【公開】 より引用

全固体電池のような次世代の電池材料の研究開発において、材料の性質を正確に理解し、最適化することが重要です。X線光電子分光法(XPS)は、電池材料の表面と界面の化学的状態や組成を詳細に分析するための強力なツールとして、電池の性能、耐久性、および安全性の向上に不可欠な洞察を提供し、材料科学者にとって貴重な情報源となっています。

この記事では、電池材料開発におけるXPSの重要性を探ります。

電池材料開発におけるXPSの役割

XPS装置の例(Physical ElectronicsHPより引用)

X線光電子分光法(XPS: X-ray Photoelectron Spectroscopy)は、物質表面の化学的状態や組成を分析するための強力な技術です。XPSを使用すると、電極材料や固体電解質の表面に存在する元素の種類とその量を正確に測定できます。酸化状態や存在する化合物の種類を識別できます。

界面での元素や化合物の分布や化学的状態も分析できるため、電池材料に必須の界面設計にも寄与します。劣化前後の材料の化学的変化を詳細に分析することにも用いられています。

アウトプットイメージ

(「先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第 2 期)」 事業原簿【公開】 より引用)

上の図は、全固体電池のXPS分析の結果を示しています。XPSの横軸は結合エネルギー(eV)、縦軸は光電子の強度(特定のエネルギーを持つ電子の数)を表しています。

グレーが初期品、赤色のグラフは100℃サイクルを実施した耐久後のサンプルです。

結合エネルギー:表面から光電子が放出される際に克服しなければならないエネルギーの大きさを示しています。

光電子の強度:強度が高いほど、その結合エネルギーに相当する光電子が多く放出されていることを意味します。

この例では、XPS測定は充放電サイクル試験前後の電極(正極・負極)の、表面の変化を調べるのに使用されています。

正極のXPSスペクトルの意味するところ

左のグラフ(P2pスペクトル)のP-O(リン-酸素)結合が100℃サイクル後に出現しています。ここから、固体電解質が分解して新たな化合物が生成されたことを示唆されます。

右のグラフ(S2pスペクトル)では、SOxのピークやLi-S-P、S-S、S-C結合が観測されます。SOxのピークの出現は、電解質が酸化されるなどの化学的変化を、Li2S(S2-)の増加は固体電解質の分解とリチウム化合物の生成を意味しています。

負極のXPSスペクトルの意味するところ

上記画像は、負極のC1s(炭素1s)とS2p(硫黄2p)のスペクトルです。

左のグラフでは、炭素の化学状態を示しています。CO32-(炭酸塩イオン)ピークが増加していることから、電解液の分解や電池の材料と電解液の相互作用によって炭酸塩が生成されていることがわかります。電池の性能にとって、このような副反応は好ましくありません。

右のグラフは、硫黄の化学状態を示しており、Li-S-PのピークとLi2S (S2-)が増加していることから、電池の負極においてリチウム硫黄化合物が形成されていることがわかります。リチウムイオンが負極に集まり、金属リチウムとして析出している可能性があります。

正極・負極のXPSの結果を見ると、正負極間での材料バランスのずれ(電池の充放電サイクル中に、正極でのリチウムの放出量と負極でのリチウムの取り込み量が一致しなくなる)や、界面生成物によって内部抵抗が増大し、電池の劣化が進行したことを推察しています。

メリット

XPSのメリットは以下の通りです。

  • 広範囲の元素を分析可能
  • 定量分析が可能
  • 非破壊で分析が可能

広範囲の元素を分析可能

XPSは周期表のほぼ全ての元素を検出することができ、多成分系の表面分析に有効です。

定量分析が可能

原子の相対的な量を定量化することが可能で、各元素の表面濃度を決定できます。

非破壊で分析が可能

XPSは試料を破壊することなく分析することができ、貴重または非再現性の試料にとって有益です。

デメリット

XPSのデメリットは以下の通りです。

  • 小さな領域の表面限定の情報しか取得できない
  • 複雑なスペクトル
  • 電荷の影響

小さな領域の表面限定の情報しか取得できない

XPSは表面からわずかな深さのみを分析できるため、内部や奥行きの情報を得ることはできません。大きなサンプルを均一に分析することは難しく、通常は小さな領域のみを対象とします。

XPSは表面分析技術であるため、表面から数ナノメートル(nm)の深さの情報を主に得ることになります。XPSの分析エリアのサイズは、装置や分析の設定によって異なりますが、最も一般的なXPS装置では、分析エリアは直径が数百ミクロン(例えば、200μmから800μm)の範囲が標準的です。

複雑なスペクトル

重なり合うピークや多くの元素の同時存在により、スペクトルが複雑になることがあり、データ解析が困難になることがあります。

上記で紹介したスペクトルも、そのピークが何を表すかを想像することは困難で、材料固有の知識と、XPS測定の知識の両方が求められます。

電荷の影響

絶縁体や非導体の材料をXPSで分析する場合、表面に電荷が蓄積し、結果に影響を与えることがあります。XPSにおいて絶縁体の分析で電荷蓄積問題に対処するための方法がいくつか存在します。その一つが表面のコーティングですが、チャージコンペンセーション(低エネルギーの電子ビームやイオンビームでサンプル表面に電荷を与え、電荷蓄積を中和する)など、サンプルの元の状態をよりよく保つための前処理の開発も進められ知恵ます。

真空環境が必要: XPS分析は高真空環境で行う必要があり、生体試料や液体、揮発性が高い物質の分析が困難です。装置コストが高いという問題もあります。

測定時間は(使用するXPS装置にもよるため一概には言えませんが)ある特定の元素の詳細な化学状態を調べるための高解像度スキャンでは、30分から1時間程度、複数の元素について同様の詳細な分析を行う場合、合計で数時間を要することもあります。

XPSの測定原理

XPSでは、試料をX線で照射することにより、表面の原子から光電子*が放出されます。これらの光電子は原子の内部エネルギー状態に固有のエネルギーを持っており、放出されるためには特定の結合エネルギーを超える必要があります。この結合エネルギーは、元素の種類や化学的状態によって異なり、XPSで測定することにより、試料の化学的組成や状態を特定することができます。

*光電子は、光電効果という現象によって物質から放出される電子です。光電効果とは、光(特にX線や紫外線などのエネルギーが高い光)が物質(通常は金属や半導体)に当たった時に、その光のエネルギーが物質の表面にある電子に吸収されると、電子がその原子から解放されて放出される現象です。解放された電子は「光電子」と呼ばれます。

結合エネルギーは、光電子が原子から完全に離れるために必要なエネルギーで、原子の種類や化学状態に特有の値です。

例えば、ビー玉がくぼみの中に置かれている状況を想像してみてください。ビー玉がくぼみから脱出するためには、一定のエネルギーが必要です。これはビー玉をくぼみの縁まで押し上げるのに必要な力に相当します。光電子の場合、電子が原子核の引力との結合(くぼみ)から抜け出して自由になるためには、一定の「押し上げエネルギー」が必要になります。

まとめ

X線光電子分光法(XPS)は、電池材料開発における重要な分析手法であり、表面および界面の深い理解を可能にすることで、電池の性能と寿命の向上に直接的に寄与しています。正負極材料の化学的変化の詳細な調査を通じて、充放電サイクルに伴う劣化メカニズムの解明や、電池の効率に影響を及ぼす内部抵抗の増加の原因の特定が可能になります。

XPSは材料の表面科学において不可欠なツールであり、電池材料の理解と開発の現場で活用されています。

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某自動車メーカー勤務、主に計算系の基礎研究と設計応用に従事してます。
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