なぜテスラは4680セルで環境負荷の高い人造黒鉛を使うのか?

テスラ
(4680 Synthetic Anode Confirmed // What are the implications? -The Limiting Factor)

テスラ社が自社製造する4680バッテリーセルにおいて、負極材料として人造黒鉛を使用していることが確認されました。リチウムイオンバッテリーの負極材料として一般的に使用される黒鉛は、多くの場合、天然資源から採取されますが、テスラは価格が高く環境負荷も大きいとされる人造黒鉛を選択。この選択は、電池業界で一般的な傾向と異なり、多くの注目を集めています。人造黒鉛の採用は何故なのかを考察します。

テスラは内製4680セルに人造黒鉛を使う

4680セルのFIB-SEM画像(4680 Synthetic Anode Confirmed // What are the implications? -The Limiting Factor)

テスラが製造する内製4680セルは、負極に人造黒鉛を使用していることが確認されています。リチウムイオン電池の負極には広く黒鉛が用いられていますが、主要な電池メーカーは天然黒鉛を利用することが多く、天然黒鉛と比較して価格が約15%から25%高い人造黒鉛を利用するメーカーは稀です。

人造黒鉛は、原料を何時間も何日もかけて摂氏何千度まで加熱するため、1トンの黒鉛を生産するのに約13~14MW/hの電力を必要とし、環境負荷が高い材料です。天然黒鉛を使用して負極を生産する方が、人造黒鉛に比べて二酸化炭素排出量が約55%少なくなるとされています。天然黒鉛はGWP(地球温暖化係数)が約75%低いという試算結果もあります。なぜ、テスラは環境負荷の大きい人造黒鉛を利用するのでしょうか。

LGESの製造するLG2170バッテリーセルも、人造黒鉛を使用していることが知られています。一方で、パナソニックやCATLなどの多くのメーカーは天然黒鉛を調達し利用しているとされ、その理由はコストの安さであると考えられます。

なぜ環境負荷の高い人造黒鉛を使うのか?

なぜ、テスラは環境負荷の大きい人造黒鉛を利用するのでしょうか。この答えは誰も持ち合わせていません。予測の域を出ない意見として、以下のようなものが考えられています。

  • 寿命・充電速度での優位性
  • 中国依存の黒鉛材料を米国で生産し調達リスクを下げたい
  • 天然黒鉛よりも調達スピードが早い

それぞれについて、詳しく解説します。

寿命・充電速度での優位性

天然黒鉛と人造黒鉛のSEM比較(4680 Synthetic Anode Confirmed // What are the implications? -The Limiting Factor)

テスラが合成負極を使用する第一の理由は、採用した人造黒鉛が、より優れた性能、あるいはテスラが求めている性能特性を持つためではないかと考えられます。

一般的に、人造黒鉛は天然黒鉛に比べてコストは高くなるものの、合成黒鉛はより高いサイクル寿命、より優れた熱安定性、より優れた充放電速度が期待できます。テスラは費用対効果の分析を行い、少なくとも当面は、より高いサイクル寿命とより速い充電速度(Cレート)を優先したのではないかと考えられます。

天然黒鉛は「資源奪い合い」が避けられない

JFEケミカルホームページより

天然黒鉛は、地球資源を採掘して手に入れる必要があります。天然黒鉛鉱山が資金調達と規制当局の承認を得てプロジェクトを建設するのを待つ必要があり、7年から10年かかる可能性のあるプロジェクトとなる場合が多いです。

それと比べれば、石油精製業者にコークスの生産を拡大して、可能な限り迅速に人造黒鉛を増産する方が容易であった可能性があります。

企業名シェア (%)所在地
貝特瑞新能源材料 (BTR New Material)18中国
昭和電工マテリアルズ (旧日立化成)12日本
杉杉集団 (Shanshan group)10中国
POSCO Chemtech9韓国
注西鉱 (Zichen)8中国
凱金鉱業 (Kaijin)7中国
三菱ケミカル4日本
Shinzoom3中国

中国は電池材料、特に黒鉛負極の世界供給をほぼ独占しており、これはテスラにとってサプライチェーンのリスクとなるため、中国リスク排除のためにも人造黒鉛を選択した可能性があります。

テスラは米国での垂直統合を狙っている?

テスラは内製4680セルを、テキサス・オースティンのギガファクトリーで製造しています。

4680セルの量産において、米国内の周辺地域からバッテリー材料を調達することで、内製効率を高め、コストを下げようとしているのではないか、と考えられます。その一環として、人造黒鉛が採用された可能性があります。

オースティンのギガファクトリー

テスラのテキサス、オースティンにあるギガファクトリーは、北米でのバッテリーセル生産の大半を担う予定です。テキサスは米国の化石燃料産業の中心地であり、メキシコ湾の近くには専門企業群が立ち並びます。人造黒鉛の原材料であるコークスは化石燃料由来であり、その製造にも化石燃料産業の材料知識とノウハウが必要です。

実際、テキサス州とルイジアナ州の州境には、フィリップス66のレイクチャールズ・コークス製造工場があります。フィリップス66は合成負極の製造に使われるコークスの世界的なトップメーカーです。

テキサスで電池製造を統合することを目論んでいるとすれば、レイクチャールズのフィリップス66工場から完成した人造黒鉛をオースティンに送って、電池材料として利用することができます。

つまり、テスラが人造黒鉛負極を調達するサプライチェーンを構築するために必要な企業は、オースティン・ギガファクトリー近くのメキシコ湾岸にすでに存在しているのです。

テキサスとその周辺で人造黒鉛の生産を垂直統合すれば、CO2排出量の抑制や、コストダウンにも手が打てる可能性があります。

中国での人造黒鉛の製造は、イギリスのフィリップス66ハンバー工場から調達したコークスから作られます。イギリスから中国に輸送されたコークスは、黒鉛化するために摂氏2500度まで加熱しなければならず、中国での環境負荷の高い電力(主に石炭火力発電所によって賄われる)を大量に消費します。米国の送電網は中国と比較すればクリーンで、米国で生産される人造黒鉛はCO2排出量が少なくなる可能性があります。テスラは独自のソーラーパネルと蓄電池を提供することで、電気料金を下げ、エネルギーを大量に消費する人造黒鉛の精製段階でのCO2排出量を削減することも期待できます。

まとめ

テスラの4680セルにおける人造黒鉛の使用は、その性能上の優位性、中国に依存しない供給チェーンの構築、及び調達の迅速化を目指す戦略的選択からきていると考えられます。

人造黒鉛の性能面のメリットとして、天然黒鉛に比べてサイクル寿命が長く、充放電速度が優れている点が挙げられます。また、米国内で人造黒鉛生産のためのサプライチェーンを垂直統合しようと試みている、と考えると、テスラが人造黒鉛を採用する理由も理解できます。

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