高エネルギー密度を実現するシリコン負極、いつ実用化されるのか?

リチウムイオン電池

リチウムイオン電池は、高いエネルギー密度と長い寿命を持ち、現代の携帯電話やノートパソコン、電気自動車などに広く使用されています。

電池の性能を大幅に向上させるために、シリコンを活物質とする負極材料が研究されています。

シリコンは、理論比容量がグラファイトの10倍以上であり、地殻に豊富に含まれることから、低コストでの利用が可能です。

しかし、シリコン系負極にはいくつかの課題があり、実用化に向けた取り組みが続けられています。果たしていつ実用化されるのか、解説します。

シリコン負極とは

黒鉛シリコンチタンニオブ酸化物
理論容量372 mAhg-13579 mAhg-1387 mAhg-1
密度2.25 gm-32.33 gm-34.34 gm-3
体積膨張率10 %2804 %
モビリティ用電池の化学 日本化学会編 より引用

従来のリチウムイオン電池の負極材料は黒鉛(グラファイト)です。

グラファイトは実用化されている負極材であるものの、その比容量は372 mAh g-1と決して高くはありません。

グラファイトに代わる次世代リチウムイオン電池の負極材として、シリコン材料が注目されています。シリコンの理論比容量は4200m[Ah g-1]と、グラファイトと比較して10倍以上高、電池の容量を10倍以上に高めることができます。

また、シリコンのリチウムインターカレーション電位(リチウムイオンが負極の層状化合物の層間に挿入・脱離する電位)はグラファイトよりも高く、サイクル過程でリチウムイオンが結晶化して短絡を起こす要因となるリチウムデンドライトの形成を抑制することができます。

半導体の性質を持つシリコンの負極は、電解液中での化学的安定性が高く、電池の安全性を大幅に向上させます。

また、地殻に豊富(25.8%)に含まれるシリコンは、電池の負極材として、低コストでの利用が可能です。

Si負極のメリットは大きいですが、デメリットも大きいです。

Siの体積膨張率は黒鉛の28倍で、充電すると電池パックがどらやきのように膨張します。

この膨張を抑えつつ、なるべく多くのシリコンを負極に含ませるための努力が行われています。

Si負極は容量が大きい負極を実現できる一方、大敵膨張が大きい

Si負極はいつ実用化されるのか

既に、米Tesla(テスラ)の電気自動車(EV)向けリチウムイオン電池を含め、多くの高容量リチウムイオン電池で負極に多少なりともSiが加えられており、実用化されています。2019年発売のテスラmodel3やmodelSに搭載されたパナソニック製の電池(円筒18650,2170共に)には、負極にSiOが添加されていることが確認されています。

しかしながら、現在のLIBで使用されているSiの含有量は極めて少なく、比較的低いエネルギー密度しか実現できていません。

今後、負極中のSiの含有量を将来的に大幅に引き上げることで、さらなる高エネルギー密度を狙うことが期待されます。今後数年間で、液系のリチウムイオン電池の負極がシリコンに置き換えられていくとみられています。

全固体電池や準固体(Quasi-solid state)電池の開発にも、Si添加によるリチウムイオン電池の性能向上は活用できます。全固体電池におけるシリコンベースの負極の適用はまだ始まったばかりであり、開発の余地も大きいです。

今後数年間で本格的にシリコン負極が使われるようになる

開発の課題

研究開発の中心的な課題は、シリコン系負極が収縮と膨張を繰り返す中で、電解質とシリコン系負極が良好な接触を維持できるかどうかです。

開発の課題としては、SiがLiを限界まで急増すると、Siは元の3.8倍まで大きく膨張し、内部に数GPaもの甚大な応力が発生するということが挙げられます。

開発者達は、Siをナノチューブやナノワイヤなどにすることで、チリウムイオンと電子伝導の拡散距離を短縮し、かつ体積変化によって起こる性能低下を防ぐことを目指しています。

また、シリコンの保護層を作り、シリコンによる体積膨張を緩和して、固体界面のサイクル中の構造変化を抑制することも、開発の方向とされています。

現在、シリコン系負極材料の開発には、以下の2つの方向があります。

純シリコン負極の開発

シリコン自体を、ナノチューブやナノワイヤなどにすることで、チリウムイオンと電子伝導の拡散距離を短縮し、かつ体積変化によっておこる性能低下を防ぐことを目指しています。

最近の研究では、活物質のサイズをナノスケールまで小さくすることで、体積膨張による問題を効果的に解決できることが発見されました。

これは、粒径を小さくすることで材料の比表面積が大きくなるため、表面応力を効果的に低減して押し出しや粉砕を回避できるためです。

さらに、リチウムイオンと電子の輸送経路をある程度短縮することができ、電気化学的安定性とレート性能を向上させるのに有益であるとされています。

シリコンナノワイヤ(Amprius TechnologiesのHPより)

米Amprius Technologiesは、シリコンをナノワイヤ上に成形して負極に利用しています。

CVD(化学気相成長法)を用いているとのことで、製造コストは高くなりますが、500Wh/kgという高いエネルギー密度を実現できます。

シリコンナノワイヤ(Amprius TechnologiesのHPより)

Amprius Technologiesは、既にサンプルの出荷を開始しており、2025年に本格的に量産を始めるとのことです。

シリコン複合材の開発

もう一つの方法は、シリコンの保護層をつくり、界面の問題を解消するものです。

全固体電池であれば、電化質の表面にシリコンの保護層を作り、シリコンによる体積膨張を緩和することで、サイクル中に発生する構造変化を抑制できます。

実用化の際、コストが課題に

Si系負極の実用化に向けて、最も大きな課題はコストです。

現在のところ、シリコン系負極のコストは、0.2米ドル/Whと、カーボン負極の数倍近くになると考えられています。

コストを下げるためには、工程規模をを大きくし、大量生産を行うことが必要です。必然的に大掛かりな設備投資が必要となるため、電池の大手企業でなければ成しえない業です。

シリコン負極材料を開発する企業

シリコン負極を開発する国内企業で、信越化学工業と大阪チタニウムテクノロジーズがあります。

信越化学工業のシリコン負極材

信越化学工業HPより引用

信越化学工業は、リチウムイオン電池のシリコン系負極材を提供しています。

シリコン系材料は、高容量、高出力の高性能リチウムイオン電池用負極材として評価が高く、信越化学工業は独自の方法でSiO粒子に導電性を付与することに成功し、実用化への道を拓いています。

信越化学工業の開発したケイ素系負極材料には、SiO(一酸化ケイ素)があります。SiOは、シリコンを含む材料で、シリコンが膨張・収縮を繰り返す問題を軽減することができます。

SiOは、高い電気容量を持つ点でも、次世代の高性能リチウムイオン電池に適しています。

既に、食品や医薬品などを包装する際に使用されるバリアフィルム(薄膜)で実績があり、既にいくつかの電池メーカーから引き合いがあるようです。

信越化学工業は、この10年で最も時価総額を伸ばした企業のTOP10(日経、2023年)にも入っており、今後も成長が期待される企業です。18年3月期まで5年間の研究開発投資が2446億円だったのに対し、23年3月期まで5年間の純利益合計は2兆1252億円。

信越化学工業は研究と工場、営業の連携を重視しているとされます。グループ会社を含めた国内の主要5工場は敷地内に研究所を併設。研究者が開発に携わった新製品を営業と一緒にアピールする例も多いとのこと。
信越化学は半導体の基板となるシリコンウエハーで世界トップで、スマートフォンや人工知能(AI)の半導体などに採用されています。要望に沿う製品を徹底して開発する企業努力が売りで、製品の仕様は納入先によって異なり、標準とは異なる条件を求める顧客も多い。

大阪チタニウムテクノロジーズ

大阪チタニウムテクノロジーズHPより引用

大阪チタニウムテクノロジーズは、シリコン負極用のSiOの製造に、1961年に日本で初めて成功した企業です。

以来、同社は品質向上と低価格化に努めながら、製造業各社と連携しながら事業を拡大してきました。

大阪チタニウムテクノロジーズのSiOは、食品包装用の高性能バリアフィルム素材として業界でNo.1の実績があります。

本稿で紹介している、リチウムイオン二次電池の負極材料としての応用に向けた研究開発にも取り組んでいるようです。

特開2023-026832より

同社が開発したSiOは、熱処理により導電性を持たせることができ、リチウムイオン二次電池の負極材料として適した特性を持ちます。

また、同社は、カーボンとシリコンを組み合わせた複合材料の開発にも力を入れており、膨張・収縮問題を解決するための技術を開発しています。

StoreDot

イスラエルの電池企業StoreDotは、Group14 Technologiesの開発するナノシリコン「SCC55」を活用して、シリコン材料を特殊な方法で加工して多孔質のナノ特性を持つ材料を作成、高いエネルギー密度を実現するリチウムイオン電池を開発しています。

2024年には量産を開始、2025年から車載電池として販売することを計画しています。

まとめ

次世代リチウムイオン電池の負極材料として注目されるシリコン負極について解説しました。

シリコン負極は、従来の負極材料であるグラファイトに比べて高い容量を持ち、電池の安全性も向上することが期待されています。

シリコン材料の体積膨張による性能低下が課題となっており、現在はシリコン含有量を増やすことで高エネルギー密度を実現する試みが行われています。

実用化に向けては、コストの問題もあるため、シリコン系負極の製造プロセスを改善することが必要です。信越化学工業や大阪チタニウムテクノロジーズなどの企業がシリコン系負極材料の開発に注力しています。

今後数年間で、シリコン負極が液系のリチウムイオン電池のアノードに置き換わる可能性があり、全固体電池や準固体電池にも使用されることが期待されています。

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