拡散層

燃料電池

拡散層とは

燃料電池の拡散層(diffusion layer)は、燃料電池の性能において重要な役割を果たします。この層は、燃料(通常は水素)と酸化剤(通常は酸素または空気)を電極に均等に分配し、発生した水や熱を効率的に除去するために必要です。拡散層の構成部材は以下のように概説できます。

炭素繊維ペーパー

カーボンペーパーは、燃料電池、スーパーキャパシタ、バッテリー、熱伝導デバイス、多段フィルター、摩擦・摩耗用途など、産業や工学開発で広く使用されている一般的な材料です。炭素繊維をベースにしており、通常はバインダーで結合されています。

カーボンペーパーは拡散層の主な材料であり、高い電気伝導性と良好な機械的強度を実現します。

炭素繊維は、紙の形態や不織布、織物などさまざまな形状で使用されます。炭素繊維は、ポリアクリロニトリル(PAN)、石油や石炭の重質留分、セルロースなどから作られ、剛性、強度、導電性、耐薬品性に優れています。

バインダー

バインダーは、炭素繊維を固め、拡散層に構造的な一体感を与える役割を果たします。ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)やエポキシ樹脂が一般的に使用されます。

撥水コーティング

撥水コーティングは、特に炭素繊維の表面に施され、水の管理を改善し、拡散層を通じたガスの流れを最適化します。PTFEがよく使用される材料です。

一部の拡散層は、触媒層と接着するための特別な層を含んでいます。これは、燃料電池の組み立て過程を容易にし、性能を最適化するためです。

拡散層の主要なメーカー

燃料電池の拡散層を製造する主要なメーカーには、特定の企業がありますが、燃料電池の技術と市場は急速に進化しており、新しいプレーヤーが常に出現しています。以下は、燃料電池の拡散層またはそれに関連する材料を製造するいくつかの著名な企業です。ただし、これは完全なリストではなく、市場には他にも多くの企業が存在します。

東レ

東レは、炭素繊維製品をはじめとする多岐にわたる材料を製造している日本の企業です。燃料電池のための炭素繊維製拡散層を手掛けています。

SGL カーボン(SGL Carbon)

SGL カーボンは、世界的に炭素製品と材料のサプライヤーであり、燃料電池用の拡散層を含む、炭素ベースの製品を提供しています。

CeTech社(台湾)

GDS210などのカーボンペーパーとMPLを製造している。

3M(スリーエム)

3Mは、産業用および消費者用製品の幅広い範囲で知られている多国籍企業です。燃料電池の分野では、拡散層を含む、燃料電池コンポーネントの開発と製造に力を入れています。

Freudenberg(フロイデンベルグ)

フリーダムは、燃料電池技術の分野で革新的なソリューションを提供するドイツの企業です。特に、燃料電池の拡散層やシール材料などのコンポーネントで知られています。

帝人

帝人は繊維状炭素「PotenCia(ポテンシア)」とパラ系アラミド繊維「トワロン」を独自の紙すき技術で組み合わせることで、業界最薄クラスの厚さ50μmのガス拡散層を開発したと発表しています。

AvCarb Material Solution社(アヴカーブ)

市販のカーボンペーパーGDLを製造しています。研究用途で用いられることが多い。

市販のカーボンペーパー

サウスカロライナ大学の研究(共同研究先にフォード社)*では、4つのGDLサンプル(市販)の分析を行っています。

 EP40TP75TSGL24AASGL24BA
メーカーAvCarbAvCarbSGLSGL
厚み180 μm228 μm183 μm202 μm
長さ1,851 μm2,458 μm1,708 μm1,911 μm
1,831 μm2,437 μm2,228 μm2,136 μm
Basic Weight36 𝑔𝑚275 𝑔𝑚251 𝑔𝑚254 𝑔𝑚2
PTFE量0 wt%13 wt%0 wt%5 wt%
平均細孔径13.11 μm16.97 μm26.35 μm27.80 μm
サンプルのスペック、測定値ではなくメーカー公表値

カーボンペーパーの製造

カーボンペーパーの製造方法については、カリフォルニア大学(著者は中国・湖州技術産業化センター所属)のレビュー論文*で解説されています。以下のように表にまとめてみます。

工程手順備考
原料の炭化原料繊維を不活性な高温環境下で炭化させ、他の元素を減少させる炭素含有量が高く、機械的強度の高い炭素繊維を得る
(1200℃、窒素環境)
繊維溶液の作成炭素繊維を裁断、
バインダーと共に水に分散する
バインダーは通常5~15%加えられる
製紙繊維溶液から、濾過などの方法でカーボンペーパーロールを製造する
樹脂含侵樹脂を付与し、繊維同士を結着させる**
炭化・黒鉛化導電性を向上させるため、さらに炭化・黒鉛化を施す2000℃以上
疎水化処理カーボンペーパーをPTFEのような疎水化剤の水性分散液に浸し、内部構造に浸透させる繊維表面に耐久性のあるPTFEコーティングを形成。
乾燥PTFEで濡れたカーボンペーパーを高温環境下で乾燥させる真空乾燥のほうが均一なPTFE分布が得られる

拡散層の設計

拡散層の設計において重要な因子とされることを、種々の論文から調査しました。論文を参考に、内容をまとめています。引用元へのリンクも併記しますので、ぜひ原著もご覧ください。

微細構造の理解

GDLの微細構造、特に炭素繊維、バインダー、PTFEなどの材料相の配置や分布は、GDLの輸送特性に大きな影響を与えます。これらの特性を正確に把握し、再現することが性能向上には不可欠です。

また、空気の流れや水分の除去、電気や熱の伝導といった輸送プロセスを最適化するためには、空隙率の正確な制御が必要です。

熱伝導

PEMFC内の効果的な水熱管理のために、熱伝導率を理解し、正確に予測することが重要です。

Accurate prediction of the through plane effective thermal conductivity of GDB-MPL composite region in PEMFC with a layered modelでは、ガス拡散層とMPLから構成される複合領域の面内方向の有効熱伝導率について調査しています。

PEMFCの性能は、膜の水分含有量に大きく依存しています。膜が適切に加湿されている場合、プロトンの伝導性が高まり、燃料電池の効率が向上します。しかし、過剰な水分はガス拡散層(GDL)や微孔層(MPL)を塞ぎ、反応ガスの流れを阻害し、性能低下を引き起こす可能性があります。

この研究で用いられたガス拡散層(GDL)は、CeTech社(台湾)のGDS210カーボンペーパーです。このGDLは、微孔層(MPL)なしの状態、および異なる含有量のMPLを追加した状態で実験に使用されました。炭素繊維の参照直径が6.8 µmとして実験結果セクションで言及されています。Fig.6から算出したMPL0wt%の空隙率はおよそ75%です。

圧縮圧力 (kPa)MPL量予測値
(W/mK)
実験値
(W/mK)
誤差 (%)
12480 wt%0.10050.10100.5
108610 wt%0.09460.09450.1
50213 wt%0.07270.07161.5
100313 wt%0.08870.08890.2
150513 wt%0.0980.09911.1
データの一例

この研究では、X線コンピュータ断層撮影(XCT)から得られた構造データを直接的に有限要素法で解析するのではなく、XCTによって得られた内部構造の定量的情報を基に、理論モデルを用いて、実験的に得られた熱伝導率が予測可能かどうかを検証しています。(すべてのデータは実験によって得られた熱伝導率を使用しています。)

異方性の輸送特性

GDLが燃料電池内で一様ではない力にさらされるため、異方性のある輸送特性を持つことが、燃料電池全体の効率と均一な反応分布を確保する上で重要です。

圧縮ひずみによる影響

燃料電池では、拡散層は圧縮されている状態で使用されます。圧縮により拡散層の空隙率は減少します。そのため、圧縮によってガスの流れや熱・電気の伝導がどのように変わるかを分析する必要があります。

空隙率が減少すると、理論的にはガスの通り道が狭くなり、ガスの拡散性が低下する可能性があります。しかし、同時に、電気と熱の伝導性が向上する可能性もあります。なぜなら、材料同士がより密接に接触するため、より効率的に電気と熱を伝えられるようになるからです。

CeTech社(台湾)のGDS210カーボンペーパーの圧縮特性が取得されています。前述したように、炭素繊維の参照直径が6.8 µm、Fig.6から算出したMPL0wt%の空隙率はおよそ75%です。

面圧 (kPa)圧縮率 (%)
34793.88
57191.2
79289.28
84188.92
115686.69
125485.75
160583.3

変形の考慮

上海交通大学とShanghai Zhizhen New Energy Equipmentの研究*では、圧縮された GDL の変形を考慮した計算が行われています。

圧縮面圧
(MPa)
変形量
(基準)
変形量
(リブ幅狭)
変形量
(チャネル幅狭)
変形量
(GDL厚)
0.50 MPa22 μm28 μm22 μm41 μm
1.00 MPa45 μm57 μm42 μm86 μm
1.50 MPa66 μm84 μm64 μm128 μm

リブ幅を狭くすると変形量が増加し、GDL厚みを分厚くするとさらに変形量が大きくなることが分かります。

圧縮による変形は、内部物質輸送孔の不均一な分布を招き、細孔径が小さくなり、水の通過に利用できる細孔容積が減少します(GDLの排水性に悪影響を及ぼす)。

水の挙動

特に高電流密度における燃料電池の性能低下の原因のひとつは、ガス拡散層(GDL)内の過剰な液水であり、この液水が酸素拡散率を低下させ、性能低下をもたらします。この現象はフラッディング(flooding)として知られています。

フラディングを抑制するために「クロスフロー」という技術を用いています。クロスフローとは、GDLを横切ってガスが流れることを指し、この流れが液体水をGDLから排出するのを助けると考えられています。

ただし、従来のクロスフロー設計は圧力損失が大きいという欠点があり、そのためにシステム全体の効率が低下する可能性があり、クロスフローの速度と量を最適化することにより、GDL内の液体水を効果的に減らしながら、圧力損失を適切なレベルに抑える必要があります。

チャネルとリブの幅

韓国・東国大学の研究*では、チャネルとリブの幅(CR幅)が大きい方がより効果的である可能性が高い、と主張しています。大きいCR幅(例えば1.5mm)は、早い段階で液水のクリープ現象(creeping phenomenon)を引き起こします。ここでのクリープは、気液界面がゆっくりと進行する現象を指します。

液水のクリープ現状により、全体的な水分飽和度を低く保つことができるため、水管理がより効率的に行えると考えられます。

条件CR幅 (mm)クリープ開始時間GDL中の飽和度
A0.53.1070.536
B1.02.6990.543
C1.52.4990.494

クリープが早く始まることで、水の飽和度が上がりにくくなり、GDLにたまる水が少なくなります。

撥水性の強化

市販の GDL の疎水性を高めるために熱水装飾アプローチを適用する研究もおこなわれています。中国の西安交通大学の研究*では、市販のカーボン紙(TGP-H-060、東レ)に、疎水性 SiO2粒子を表面につける(ここでは熱水装飾と浸漬が試されている)ことで表面接触角を向上させる研究が行われています。

研究のアイテムはともかく、表面分析、接触角測定、三次元分子モデルでのシミュレーションなどを実施し、細かくポジネガをつぶしていて素晴らしい研究です。

BPPと拡散層の組み合わせ

BPP(Bipolar Plate、二極板)とガス拡散層(GDL)の組み合わせには、燃料電池の性能を最適化するための「ちょうど良い」バランスが存在します。この組み合わせは、ガスの運搬距離と水の排水能力のバランスをとることが重要です。このバランスは、BPPのリブの幅やGDLの厚さによって影響を受けます。

清華大学の研究*では、GDLの厚さと、BPP(バイポーラプレート)のフローチャネル(ガスが流れる通路)やリブ(フローチャネルを支える構造)の幅のバランスが重要であることが調査されています。このバランスを適切に取ることで、燃料電池の性能を最大化できます。

リブの幅を狭めると、チャネルが狭くなり、ガスの流れや水の排出に影響を与えるため、このときのGDLの最適な厚さも変わります。チャネル/リブの幅を1.0mmから0.2mmに狭めると、最適なGDLの厚さは58.5%減少し、最大電流密度は29.8%増加するとしています。

つまり、ガスの運搬と水の排出を効率的に行うためには、GDLの厚さとBPPのリブの幅の組み合わせを慎重に選択する必要があることを意味します。

GDL内の水の分布や酸素輸送特性についての理解は進んできていますが、BPPのランド領域とチャンネル領域の飽和度(水の量)が全体の酸素輸送特性にどのように影響するかについての定量的な分析は限られていました。Determining local transport properties of gas diffusion layer land-channel regions via pore network modellingでは、SGL 25 BCを題材に局所的な飽和度を調査し、ランド領域とチャンネル領域の局所的な飽和度が全体の酸素輸送特性にどのように影響するかについて、数値的に明らかにしています。

この研究では、インレット(液体水が侵入する開始点)は、カソード触媒層とガス拡散層の間の界面に設定されています。チャンネル領域(流路)において、水との接触角は95度、GDL内のその他の部分では、水との接触角は110度とされています。これは、これは、チャンネル領域が水に対して比較的親水性で、GDLおよびMPLが水を撥水することを意図しています。

MPLはポアネットワークモデル
MPLもCTスキャンによってモデル化されていますが、CTスキャンの解像度(3.14μmのボクセル解像度)では、MPL内のナノスケールの孔を直接解像することはできません。そのため、MPLは非多孔質の固体相として扱われ、その実際のポーラス構造はモデル内で直接的に再現されていません。研究では、MPLを模擬するための代替手法として、MPL領域を含むポアネットワーク要素を使用し、MPLの効果を間接的に考慮しています。

カーボンペーパーの劣化

天津商科大学の研究*では、PTFEの損失による劣化が主要な原因とされています。

劣化現象をより細かく説明すると、GDL内の炭素繊維表面のPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)が減少することにより、表面の疎水性が低下し、GDLの多孔性が増加します(つまり、多孔性が高くなり、空隙率が増える)。これにより、液体水の侵入と蓄積が増え、ガス輸送の効率が低下するとされています。

Freudenberg H14を対象にした研究です。

PTFE表面被覆率 (%)ウェット屈曲度 (Tortuosity)
5.103.045
10.202.793
15.542.656
24.802.393
28.962.501
32.732.379
36.262.424
39.642.409
43.172.418
カーボンペーパー表面のPTFE被覆率に対するウェット屈曲度の変化

FTFEの被覆率が下がると、水の分布の変化に伴ってガス経路の屈曲度が上がります。

PTFE被覆率 (%)ドライの透過係数ウェットの透過係数
04.7550.823
5.124.6231.006
10.134.5341.119
15.234.4281.214
20.024.3661.371
24.754.2951.335
28.964.2331.265
32.714.1711.325
36.264.1441.255
39.884.0911.315
42.954.0731.297

同様に、PTFE被覆率が増加するにつれて、ドライ状態での透過係数は全体的に減少しているのに対し、ウェット状態での透過係数は増加傾向にあります。

PTFEの疎水性が水分を効果的に排除し、気体の流れを改善するために寄与していることを示唆しています。ウェット状態での透過係数が増加することは、孔内の水分がより効果的に管理され、気体の透過がスムーズになることを意味します。

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この記事を書いた人

某自動車メーカー勤務、主に計算系の基礎研究と設計応用に従事してます。
自動車に関する技術や、シミュレーション、機械学習に興味のある方に役に立ちそうなことを書いてます。

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