本稿では、燃料電池の性能について詳しく解説します。
燃料電池の性能と過電圧
燃料電池のIVカーブ(電流-電圧特性曲線)は、燃料電池の性能を表すグラフです。
燃料電池のIVカーブにおいて、横軸は電流(I、アンペア単位)、縦軸は電圧(V、ボルト単位)で表されます。このグラフは燃料電池がどの程度の電流を供給している時にどのような電圧を維持できるかを示します。
良い性能のIVカーブは、全体的に電流の増加に対して電圧の低下が緩やかで、特に中~高電流領域で電圧が大きく下がらないものです。電圧が下がる原因は「過電圧」にあります。
図中のBOL(Beginning of Life)は新品の性能、EOL(End of Life)は一定期間の使用を経た後の劣化した性能です。
過電圧とは?
燃料電池の性能を低下させる過電圧(オーバーボルテージ)について説明します。燃料電池は水素やメタノールなどの燃料を化学反応させて電力を生成する装置ですが、その過程でいくつかの損失が発生します。過電圧はその中の一つで、燃料電池の効率を低下させる原因となります。
過電圧の内訳
過電圧とは、燃料電池の理論的な電圧と実際の出力電圧の差です。この差は、燃料電池の内部で生じる様々な損失によって引き起こされます。過電圧には主に以下の三種類があります:
- 活性化過電圧(リストのORR)
- オーム過電圧(図のe-およびH+)
- 輸送過電圧(図のMass transport)
動力性能要件(2.3 A/cm2@BOL)にてMBDから提示される過電圧の内訳として上記を提示しています。そのほとんどがORR(活性化過電圧)であり、輸送とオーム過電圧が小さいことが示唆されます。
活性化過電圧(活性化損失)
電極での化学反応が始まるために必要なエネルギーが原因で発生します。この損失は、特に低い電流密度で顕著になります。
オーム過電圧(オーム損失)
オーム過電圧は、燃料電池内部の電子やイオン(プロトン)の移動に伴う抵抗によって生じます。燃料電池の材料や構造によって異なりますが、一般には電流密度が高くなるほど、オーム損失も大きくなります。
オーム損失は以下の二つの主要な部分に分けることができます。
電子伝導に起因するオーム損失
燃料電池の電極や集電体、外部回路など、電子が流れる経路における抵抗によってオーム損失が引き起こされます。材料の選択(電極や集電体の材質)、構造(電極の厚さや集電体の設計)、そして表面処理などによって、これらの損失は影響を受けます。
プロトン(イオン)抵抗に起因するオーム損失
プロトン交換膜(PEM)などのイオン伝導体を通るイオンの移動時に発生する抵抗がオーム損失の原因となります。膜の材質、厚さ、水和状態などがプロトン抵抗に大きく影響します。
膜の抵抗はオーム損失の大きな部分を占め、燃料電池の効率に直接影響を与えるため、高いプロトン伝導率を持つ膜の選択や、膜を適切に水和させることが重要です。NEDOのロードマップでは、電解質膜の厚みを将来的に1μmまで薄め、プロトン電導度を1桁向上させることを考えているようです。
上限温度に関しては、動力性能要件において、電解質の温度が冷却水出口温度 120℃よりも 3℃程度上がるとの図 2.5.3-7 および図 2.5.3-10 に示すシミュレーション結果を加味し、シミュレーションの誤差を考慮して 2℃のマージンを考慮して 125℃と設定したものであり、下限温度に関しては、先述の通常走行時(冷却水出口温度 70℃付近、図 2.2.3-4 参照)での燃費確保を念頭に、この条件での空気極入口温度を 55℃と想定し、設定したものである。なおさらなる低温領域でのプロトン伝導率に関しては、今後の検討課題と考える。湿度に関しては、図 2.5.3-7 および図 2.5.3-10 の湿度分布から、湿度が空気極入口の 12 %を下回らないことに基づき設定した。
年度 | プロトン電導率 (S/m) @80℃, 80%RH | プロトン電導率 (S/m) @120℃, 30%RH | プロトン電導率 (S/m) @55~125℃, 12%RH |
---|---|---|---|
2025年度 | 10.6 | 1.8 | – |
2030年度 | 12.0 | 3.2 | – |
2035年度 | – | 5.0 | – |
2040年度 | – | – | 15.0 |
現在の電解質膜のプロトン電導度に対して、2040年までの膜のプロトン電導率の目標を示しています。温度条件80℃、120℃に加えて、上限125℃から加減55℃まで、加減湿度12%RHの広い条件において、現在のプロトン電導度を1桁上回る物性を提供するような野心的な目標が立てられています。
輸送過電圧(濃度損失)
輸送過電圧は、燃料(水素)や酸化剤(酸素)が、正極・負極の電極表面に十分に供給されないことで生じる損失です。高い電流密度で運転する際に、特に輸送過電圧が問題となります。
物質輸送の過電圧は、その発生する場所やメカニズムに応じて、確かに細分化することができます。主に、クヌッセン拡散(Knudsen diffusion)とバルク(またはフィック)拡散(bulk or Fickian diffusion)に区別されます。
- クヌッセン拡散:
- クヌッセン拡散は、気体分子が主に孔や細管の壁との衝突によって移動する拡散過程です。クヌッセン拡散は、気孔径が分子の平均自由行程に近い、すなわち気孔のサイズが非常に小さい場合(通常はマイクロメートル以下)に顕著になります。
- 燃料電池において、クヌッセン拡散は主に微細孔が存在するマイクロポーラスレイヤー(MPL)や触媒層で重要です。これらの層では、ガスの拡散速度が孔のサイズとガス分子の種類に依存します。
- バルク拡散:
- バルク拡散は、気体分子が主に濃度勾配に従って移動する過程を指します。この拡散は、気孔径が大きく、分子の平均自由行程よりもはるかに大きい場合、つまりガス拡散層(GDL)のような比較的大きな孔を持つ材料で重要になります。
- GDLは、燃料電池内でガスを電極表面に均一に分配する役割を果たします。バルク拡散は、ここでガスが効率的に移動するための主要なメカニズムです。
これら二つの拡散過程は、燃料電池の性能に大きく影響を与えるため、それぞれを理解し、適切に管理することが重要です。例えば、MPLの最適化によってクヌッセン拡散を改善することや、GDLの構造を調整してバルク拡散を促進することが、燃料電池の全体的な効率を向上させる方法として挙げられます。
コメント