リチウムイオン電池は、現代の携帯電話や電気自動車など、様々な電子機器や交通手段で広く利用されています。その中でも正極材料は、電池の性能や安全性に大きな影響を与える重要な要素です。正極は電池コストの多くを占めることでも知られています。
この記事では、リチウムイオン電池の正極材料について詳しく探ってみましょう。
リチウムイオン電池の正極材料の選択肢
リチウムイオン電池の正極材料は、リチウムイオンを移動し、かつ電荷の授受により充放電可能であればよいため、様々な選択肢が存在します。
世界中の研究者や企業は、新たな正極材料の開発に取り組んできました。
しかし、実際に製品化されている電池に用いられている正極材料の種類は限られています。大まかに分類すると、
- 層状岩塩型化合物
- スピネル型マンガン化合物
- 酸素酸塩化合物
- リチウム過剰層状化合物
に大別されます。
それぞれの特徴と代表的な材料について見ていきましょう。
層状岩塩型化合物
LiCoO2(コバルト酸リチウム)
LiCoO2(コバルト酸リチウム)に代表される、層状岩塩型化合物は、リチウムイオン電池において広く使われてきた正極材料です。1980年に発見され、Goodenough他が論文で発表、2019年のノーベル化学賞受賞にもつながった大きな研究成果でした。
LiCoO2はその後、リチウムイオン電池の実用化後も広く正極材料として利用されてきた材料です。一方で、材料のコバルトは政情不安な国で主に産出されるなど、安定的な供給に不安があり、需要の高まりに伴う価格上昇が課題でした。
LiCoO2を発展させた、複数の遷移金属から成る実用材料群(遷移金属複合型層状化合物)として、次に紹介するNMCやNCAが正極としてよく用いられるようになりました。
三元系正極材料(NMC)
LiCoO2(コバルト酸リチウム)のコバルト(Co)の代わりに、NiとMnを含んだ三元系正極材料(NMC)が開発されました。遷移金属複合型層状化合物の代表例としてよく知られるLiCo1/3Ni1/3Mn1/3O2がよく用いられています。
この材料は、LiCoO2(コバルト酸リチウム)のCo使用量を1/3まで削減しながら、LiCoO2に匹敵する性能を実現する材料です。現在では、三元系正極やNMC正極として広く知られています。
性能を犠牲にすることなく、電極材料コストを大きく低減させたため、結果としてリチウムイオン電池が電子機器だけでなく、EV用の大型リチウムイオン電池に利用されるきっかけを作った材料です。
近年では、コバルトの使用量をさらに減らした三元系材料がEVのリチウムイオン電池に広く用いられています。高性能なバッテリーを必要とする車種に採用されることが多い電池です。
Li(NiCoAl)O2(NCA、ニッケル酸リチウム)
Li(NiCoAl)O2(NCA,ニッケル酸リチウム)も標準的な組成として利用されるようになりました。LiCoO2(コバルト酸リチウム)は、初期のリチウムイオン電池で一般的でしたが、より大きな容量を実現するために、CoをNiに置換したLiNiO2の一部の元素を置換して材料修飾したLi(NiCoAl)O2が開発されました。ニッケル系とも呼ばれ、LiCoO2(コバルト酸リチウム)以上の高いエネルギー密度を実現しています。
ニッケル酸リチウムの略称として用いられる「NCA」は、ニッケル、コバルト、アルミニウムを用いた正極であるという意味で使われています。
スピネル型マンガン化合物
LiMn2O4(マンガン酸リチウム)
スピネル型マンガン化合物もリチウムイオン電池の正極材料として重要な位置を占めています。その代表的な材料として、LiMn2O4(マンガン酸リチウム)があります。スピネル構造は鉱物MgAl2O4に由来しています。
LiMn2O4(マンガン酸リチウム)は、リチウム含有量が比較的少ないため、層状岩塩型化合物よりもエネルギー密度は小さくなります。材料研究から発見されたLiNi1/2Mn3/2O4も、高電圧の正極材料として代表的なものです。
酸素酸塩化合物
LiFePO4(オリビン系リン酸鉄リチウム)
酸素酸塩化合物は、リチウムイオン電池の正極材料としては、実用化に苦労したカテゴリです。これまでに多くの研究が行われており、現在も新しい材料の探索が続けられています。
その中でも、LiFePO4は注目されています。LiFePO4は新規の酸素酸塩鉄系化合物であり、高い安定性と安全性を持つ特徴があります。ただし、電子伝導性が低いため、微粒子化やカーボン被覆などの工夫が必要です。
リン酸鉄リチウムを用いたリチウムイオン電池は、リン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)と呼ばれます。LFP電池はニッケルやコバルトなどの高価な素材の代わりに、鉄とリン酸を使用した廉価版リチウムイオン電池として認識され、中国の電池大手のCATLなどが製品化、廉価なEVに搭載されています。
リチウム過剰層状化合物
Li2MnO3
また、リチウム過剰層状化合物は、リチウム含有量を増加させることで高い容量化を実現しています。その代表例としては、Li2MnO3があり、チウムイオン電池の次世代正極材料として注目されています。
比容量が 250 mAhg-1 以上あり、高いエネルギー密度を実現できると期待されている材料です。
構造による比較
リチウムイオン電池の正極材料の構造は、層状、スピネル、オリビンの3構造に大別できます。
三元系でニッケル比率が多いとスピネルに近いものになります。スピネルは柱が縦横組合わさっており、エネルギー密度が高い電池を作ることに向いています。オリビンはレンコンのような構造です。LFP電池はオリビン構造と呼ばれます。
まとめ
リチウムイオン電池の正極材料の選択肢を紹介しました。
これらの材料は、それぞれ異なる特徴や利点を持ちながら、リチウムイオン電池の性能や安全性を向上させる役割を果たしています。正極材料の選択は、電池の容量、エネルギー密度、充放電特性、安全性などの要素を考慮しながら行われます。
化合物タイプ | 層状岩塩型化合物 (LiCoO2) | スピネル型マンガン化合物 (LiMn2O4) | 酸素酸塩化合物 (LiFePO4) | リチウム過剰層状化合物 (Li2MnO3) |
---|---|---|---|---|
代表的な名前 | コバルト酸リチウム | マンガン酸リチウム | オリビン系リン酸鉄リチウム | Li2MnO3 |
特徴 | 広く使われてきた | スピネル構造は鉱物MgAl2O4に由来 | 高い安定性と安全性 | 高いエネルギー密度 |
課題 | コバルトの供給不安や価格上昇 | エネルギー密度は小さい | 電子伝導性が低い | – |
派生/関連材料 | NMC, NCA | LiNi1/2Mn3/2O4 | LFP電池 (リン酸鉄リチウムイオン電池) | – |
情報 | 2019年ノーベル化学賞受賞につながった研究 | 高電圧の正極材料として代表的 | CATLなどが製品化、廉価なEVに搭載 | 次世代正極材料として注目 |
なお、正極材料だけでなく、電池全体の設計や材料の相補性、セパレーターの選択なども重要な要素です。これらの要素を総合的に最適化することで、より高性能で安全なリチウムイオン電池が実現されます。
正極材料を開発・供給するメーカー
リチウムイオン電池の正極材料は、多くのサプライヤーがそのシェアを奪い合っています。2020年時点での正極材料のシェアは以下の通りです。
企業名/グループ | シェア | 国籍 |
---|---|---|
Umicore | 8% | 不明 |
厦門钨业 (Xiamen Tungsten) | 7% | 中国 |
日亜化学工業 | 7% | 日本 |
住友金属鉱山 | 7% | 日本 |
湖南閃閃 (Hunan Shanshan) | 5% | 中国 |
容宝科技 (Ronbay) | 5% | 中国 |
L&F | 4% | 韓国 |
北京昊源 (Beijing Easpring) | 4% | 中国 |
珍華科技 (Zhenhua) | 4% | 中国 |
長源技術 (Changyuan) | 3% | 不明 |
普利得技術 (Pulead Tech) | 3% | 不明 |
Ecopro | 3% | 韓国 |
リチウムイオン電池の正極材料を供給するメーカーとして、注目すべき企業を紹介します。
ユミコア(Umicore)
ベルギーの素材大手ユミコアは、正極材料を開発・製造・供給しています。2020年時点でのシェアは8%で世界一位です。ユミコアは韓国中部の天安に工場を持ち、現在カナダ東部オンタリオ州で工場を立ち上げ中です。
既に電池大手の取引があることに加え、更に将来のビジネスにも投資。2026年から、年間で最大50GWh(EV約100万台分)分を車載電池大手のAESCに供給する予定です。
まとめ
今後もリチウムイオン電池の正極材料に関する研究は盛んに行われるでしょう。新たな材料の発見や改良、さらなる性能向上の追求が続けられることで、より効率的で持続可能な電池技術の実現が期待されます。
関連記事
コメント