水素燃料電池を利用した電車「HYBARI(ひばり)」は、環境負荷を低減するために注目されている新しい交通手段です。
この記事では、HYBARIを中心に燃料電池の仕組みやシステム構成、性能やメリット・デメリット、現状の成熟度や需要について解説します。
燃料電池とは
燃料電池とは、水素と酸素から電気を取り出す装置です。
2015年ごろから、トヨタやホンダが燃料電池を使った自動車を販売しています。排出するガスにCO2を含まないことから、EVと同じくゼロエミッション技術として注目されています。
燃料電池の電車
通常の電車は、パンタグラフから電力を得て走行しますが、燃料電池を利用した電車は、燃料電池で発電して走行します。つまり、電力を自分で作り出して走行することができるのです。
燃料電池を利用した電車は、従来のディーゼル電車の置き換えとして注目されています。燃料電池を利用することで、温室効果ガスの排出を抑えることができます。
燃料電池を用いた鉄道車両のメリット
- 環境負荷の低減:燃料電池を利用することで、CO2や窒素酸化物の排出量を大幅に削減することができます。
- 騒音の軽減:燃料電池を利用した電車は、ディーゼル電車に比べて騒音が少ないとされています。
- エネルギー効率:燃料電池を利用することで、より効率的なエネルギー利用が可能になります。
燃料電池を用いた鉄道車両のデメリット
- 車両価格:燃料電池を利用した電車の導入コストは高く、従来のディーゼル電車に比べて高価格になるとされています。
- 燃料電池の耐久性:燃料電池の耐久性には課題があり、長期的な運用に耐えるためには、技術的な改良が必要とされています。
- 水素インフラの不足:燃料電池を利用するためには、水素インフラの整備が必要となります。現在は、水素ステーションの整備が進んでいますが、まだまだ不足しているという課題があります。
「HYBARI」の燃料電池システム構成と性能
「HYBARI」は、JR東日本が開発した水素燃料電池を利用した電車です。正式な名称は「JR東日本FV-E991系電車」で、最高速度は100km/h、加速度は2.3km/h/s、航続距離は最大で約140kmとなっています。
燃料電池システムの構成
「HYBARI」のシステム構成は、車両屋上に水素タンクを設置し、床下の燃料電池(FC)に水素を供給して発電、電気を電池に貯めて、モータを動かす、という構成です。
「HYBARI」は、燃料電池発電と蓄電池のハイブリッドシステムを採用しており、リチウムイオン蓄電池を2セット搭載しています。また、回生ブレーキによるエネルギー回収も行われており、効率的なエネルギー利用が可能になっています。
燃料電池システムはトヨタが開発、主回路用の蓄電池(バッテリー)と電力変換装置は日立製を用いるようです。
燃料電池システムの性能
燃料電池システムには、トヨタ自動車のモジュールを利用しています。トヨタは、燃料電池(FC)システムの外販を行っており、2020年に発売した新型「MIRAI」のスタックを鉄道用に利用しているようです。
スペック | MIRAIの燃料電池システム |
---|---|
燃料電池システムの効率 | 約60% |
FCスタック出力密度 | 5.4 kW/L |
セル数 | 330枚 |
FCスタック最高出力 | 128kW |
MIRAIの燃料電池に関して発表されているスペックは上記の通りです。トヨタはMIRAIの燃料電池システムをもとにして外販用モジュールを開発しており、「HYBARI」のモジュールもこのスペックが基準になります。
基本的な性能やモジュール構成はMIRAI用スタックと同様です。トヨタは外販用として60kWと80kW級のモジュールを用意しており、それぞれ横置き、縦置きのラインナップがあります。
「HYBARI」の燃料電池スタックは床下に搭載されており、出力60kWのものが4台で構成されています。セル枚数は最高出力に合わせて変動するため、MIRAIの約2倍の枚数のセルが用いられているものと考えられます。
HYBARIの高圧水素タンクの構成
水素を貯蔵するタンクも、トヨタの外販品を用いているようです。高圧水素タンクは、4つのユニットに分けて屋根上に設置され、容量51Lのタンクを5個ずつ内蔵しています。つまり、計20本のタンクが搭載されていることになります。
トヨタの外販するタンクには、G1-1からG2-L1まで6種類のラインナップがあり、それぞれに径や長さが異なり、貯蔵できる水素の量も異なります。このラインナップの中から、必要な貯蔵量とスペースに適切なタンクを選択するわけです。
HYBARIに搭載されるタンクサイズは「G2-2」と記載されているものに相当し、写真中央のタンクと想定されます。
実用化の目標は2030年
ひばりは2022年3月から、鶴見線や南武線で試運転を重ねていますが、運用には至っていません。車両を開発するJR東日本は、車両の設計などを調整したうえで2030年に投入するとしています。
一般的に、燃料電池技術には多くの課題が残っています。特に、コストと耐久性の観点での技術開発が必要です。また、水素の供給インフラを整備する必要もあり、燃料電池の耐久性にも課題もあります。長期的な運用に耐えうる性能を持つことが求められています。
鉄道における燃料電池の需要
FCは鉄道に置いてどの程度需要があるのでしょうか。
現在の日本の在来線(特急、急行、快速などを含む)における、ディーゼル車の保有数は約1,200両程度とされています。これはディーゼルエンジン車全体の数であり、電気式ディーゼル車(ディーゼルエンジンを発電機で発電し、モーターで駆動する方式)も含まれています。
現在の日本国内において、ディーゼル電車をすべて燃料電池車両に置き換える場合、1,000両以上の車両が対象となると考えられます。日本国内におけるディーゼル車両の置き換え市場規模を試算すると、数千億円から1兆円程度と考えられます。「HYBARI」を開発したJR東日本だけでなく、JR西日本も、2030年代までに燃料電池を用いた鉄道車両の開発と導入を行うと発表しています。
鉄道への燃料電池利用に関する政策は不十分
日本政府は、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を打ち出しており、燃料電池車の普及を促進するための政策を進めています。ただ、鉄道に関しての目標は明確に設定されておらず、「トラック、船舶、鉄道分野での水素利用拡大に向け、指針策定や技術開発等を進める」という記載に留まっています。
当然、四輪車用の燃料電池技術が進めば、鉄道車両としての効率やコストも下がりますが、鉄道車両特定の用途として国策を打ち出すような意気込みは感じられません。
まとめ
燃料電池ハイブリッド鉄道車両であるHYBARIの燃料電池システムと、今後の展望について解説しました。
ディーゼル車両を燃料電池に置き換える試みは継続的に研究が行われてきていた分野だけに、少しずつ実用化に近づいている感があり嬉しいところです。
鉄道車両としての市場規模もそれなりに大きく、何より交通インフラしての重要性を担いながら、カーボンニュートラルを実現する技術として期待できます。今後も動向を注視していきたいと思います。
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