水素は持続可能なエネルギー源として注目されています。電気エネルギーで水素ガスを生産する「水電解」技術が近年実用化されつつあり、再生可能エネルギー源から生成された電力を使用して、環境に優しい方法で水素を生産することが期待されています。
この記事では、今後主流となると考えられる水電解装置の4方式について解説します。
水電解装置の分類
水電解装置の方式には、アルカリ水電解(AWE)やプロトン交換膜(PEM)形などがあります。
- アルカリ水電解(AWE)
- プロトン交換膜(PEM)
- アニオン交換膜(AEM)
- 固体酸化物形電解セル(SOEC)
これらの方式の違いは、現時点では明確に優れた方式というものは存在せず、各方式には長所と短所があります。どの方式を選択するかは、メーカーの事業戦略によるものと言えます。
現状、最も採用メーカーが多いのはアルカリ水電解(AWE)で、近年はプロトン交換膜(PEM)方式の開発が進んでいます。今後は、アルカリ水電解(AWE)とプロトン交換膜(PEM)方式がシェアを奪い合う形となると考えられます。
水電解装置の多くは2024年から2027年にかけて本格的な稼働を始めるとされています。
アルカリ水電解(AWE)
水素製造の最も古典的な方法がアルカリ水電解(AEW)です。
アルカリ水電解=AWE(Alkaline Water Electrolysis)は、濃度が25〜30%の水酸化カリウム水溶液に挿入した2つの電極に電圧を印加して水や水蒸気(H2O)を電気分解し、水素を取り出す技術です。アルカリ水電解(AWE)方式の装置は、現在では最も規模を拡大しやすく、量産規模も大きいため、製造コストが安い点にメリットがあります。
一方で、アルカリ電解装置は大型であり、大きな電圧が必要となるため、水素の生産性はやや低い傾向があります。現在、中国にはアルカリ水電解を利用した水素製造業者が100社以上存在しています。欧米メーカーと比較して、量産規模の大きさでは劣りますが、国際エネルギー機関(IEA)の調査によれば2023年時点で中国勢の生産能力が世界の40%を占めるとされています。
また、中国製のアルカリ水電解方式の装置は、価格が大幅に安い特徴があります。米BloombergNEFによれば、2022年9月時点で、欧米メーカーの平均的な水電解装置の価格が1200米ドル/kWであるのに対し、中国製は343米ドル/kWで約1/4と報告しています。2020年頃から価格が抑えられるようになってきており、性能や品質も向上しているようです。
アルカリ水電解(AWE)では、水素の生産スピードと、与える電力のエネルギー効率はトレードオフの関係にあります。アルカリ電解セルの性能は、一般に電流密度と電圧の関係で評価されます。アルカリ電解装置に大きな電流を流すと消費電力が急増しやすくなります(電圧が上昇する)。
高い電流密度でも電圧上昇の少ないセルの開発が求められます。
プロトン交換膜(PEM)
プロトン交換膜(PEM)は、燃料電池自動車「MIRAI」などに搭載される燃料電池の逆反応を利用しています。MIRAIが水素と酸素から電気を得て車を動かしているのに対して、(ほぼ)同じ装置を用いて逆に電気と水から水素を製造することができます。
プロトン交換膜(PEM)の特徴は、装置の小型化が可能であることです。特に、場所に制約がある状況では、アルカリ水電解(AWE)よりも小さいスペースで実装が可能です。また、PEMは電気分解の効率も高いとされています。
課題もいくつかあります。PEMを使用するためには純水の供給が必要であり、イオン交換器や逆浸透膜圧浄水器(RO)などの補助装置が必要です。また、水が膜を浸透するため、精製した水素は加湿されており、湿潤を取り除くための高性能な乾燥器も必要です。これらの補助装置の電力消費を考慮すると、PEM単体では優位であっても、システム全体ではPEMの総電力消費量(または電費)はアルカリ水電解(AWE)よりも高くなってしまいます。
PEM型の装置はAWE方式よりも高価です。その主な要因は、電極にイリジウム(Ir)酸化物(IrO2)や白金(Pt)が一般的に使用されるためです。燃料電池でも電極材料が高価であることが課題であり、燃料電池の改良と共に水電解用のPEMの進化が期待できます。
アニオン交換膜(AEM)
AEM(Anion Exchange Membrane)は、還元極と酸化極を伝導膜で隔ててH2Oを分解し、H2を取り出す技術です。この技術では、水酸化物イオン(OH^-)が伝導膜を通じて還元極から酸化極へ移動します。使用するのは水酸化カリウム(KOH)などのアルカリ性の水溶液で、比較的安価な触媒を使用することができます。還元極ではニッケル(Ni)とモリブデン(Mo)の合金NiMoが、酸化極ではクロム(Cr)を含むNiCrMoなどが使用されます。
現在、AEMの量産例はまだ少ないですが、米国のベンチャー企業であるEvolOHは、15GW規模の工場を建設する計画を発表し、現時点での規模拡大競争の筆頭となっています。
固体酸化物形電解セル(SOEC)
固体酸化物形電解セル(SOEC)は、燃料電池逆反応系の一種で、セ氏600~850度の高温下で水蒸気を供給して水素を製造する技術です。
SOECのメリットは、高温下で水蒸気を電気分解するため、必要な電圧が比較的低いことです。これにより、高いエネルギー効率と生産性が実現できます。また、SOECは燃料電池と同じ原理を利用しているため、電気を供給して水を分解するだけでなく、逆反応として水素と酸素を燃料電池に戻すこともできます。
ただし、SOECにはいくつかの課題があります。例えば、高温での運転に耐えるためには、セルスタックの材料や構造が高温耐性を持つ必要があります。さらに、高温下での電解反応による材料の劣化や寿命の問題も生じます。また、SOECには燃料電池と同様に高価な貴金属の触媒が必要です。SOECの運転には高温を維持するためにエネルギーが必要であり、全体のエネルギー効率が低下するおそれがあります。
水電解装置とは
水電解装置(electrolyzer)は、水を電気分解して水素と酸素に分ける装置のことです。通常、電解質溶液中で水に電気を流すことで行われます。
水電解技術は、持続可能なエネルギー源である水素の生成に非常に重要です。
水素社会が実現するためには、環境負荷の小さい電力で製造した水素を用いることが望ましいとされ、水素製造の効率化だけでなく、用いる電力にも気を配る必要があります。
まとめ
水電解装置の分類とそれぞれの展望について解説しました。
現在はアルカリ水電解が主流ですが、今後プロトン交換膜(PEM)型の装置が普及していくと考えられます。水素社会が実現するためにはクリーンな水素製造は不可欠であり、水電解技術が今後普及していくことで、燃料電池や水素エンジンが市民権を得ていくことになります。
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