近年、電動車(EV)の普及に伴ってリチウムイオン電池の重要性が急速に高まっています。EV用の電池の寿命は何年か、何回の充放電が可能なのか、その劣化要因は具体的にどのようなメカニズムによって進行するのか。
本記事では、電解液の安定性から電極の耐久性、温度管理まで、リチウムイオン電池の劣化要因を解説します。
車載電池の一般的寿命は5年
電動車(EV)に用いられる電池は、約1500回の充放電が寿命とされ、5年間がその目安です。テスラ車に搭載されている電池も、1500回の充放電が寿命とされています。「寿命」の基準は各社異なりますが、およそ70%の容量を維持できなくなることを寿命としていることが多いようです。
劣化を引き起こす使い方
EV向けの電池の劣化を引き起こす使い方には、以下のようなものがあります。
- 時間経過による劣化: 電池は時間が経過すると劣化します。同時に、電池の不適切な運用や過度な充放電は劣化を早めます。
- 高温・低温:での使用: 高温と低温で電池の劣化が進行するため、外部温度の管理が重要です。
- 高電圧 (SOC) と低電圧 (SOC): 充電状態(State of Charge、SOC)が極端に高いか低いと劣化が進行します。電池の長寿命を保つためには、適切なSOC範囲内で制御される必要があります。
- 高いC-レートでの使用: 電池を速く充電または使う場合、その速さをC-レートと呼びます。速いC-レートを使うと、電池が熱くなり寿命が短くなります。電池の制御システムは、電池が長持ちするように、電池を適切な速さで使うように調整しています。
- 機械的ストレス: ストレス(=例えば振動や衝撃、気圧の変動など)は電池の寿命にも影響します。
性能低下する原因となる構造変化
リチウムイオン電池の構成
アルミや銅箔に塗工された正極・負極を、セパレータで区切った構造になっています。これを巻いて電池に収めます。ジェリーロールと呼んだりします。電池の劣化は主に正極・負極で起こります。
初期構造を模式図であらわすと、上のような図のイメージになります。負極・正極はリチウムイオンを第しれできる構造になっており、劣化なく初期の状態では美しい構造であります。
電池が過酷な条件で利用されると、電池内部の構造が変化し、電池の性能が少しづつ劣化します。劣化のメカニズムは大きく以下の点に分けられます。
- SEI層の成長(SEI growth)
- リチウムめっき/デンドライト(Li-plating/ dendrite)
- アノードとカソードの劣化
- 電解液の分解(Electrolyte decomposition)
- バインダーの分解(Binder decomposition)
いかに、どのような構造の変化が起こるのかを紹介します。
SEI層の成長(SEI growth)
固体電解質界面(SEI)の成長は、電池内部での電子伝導を制限し、劣化を引き起こす内部要因の一例です。適切な電解質とSEI層の形成が重要です。
固体電解質界面(SEI)は、電池の負極(通常リチウムが含まれる部分)の表面に自然に形成される薄い層です。この層は、電池を初めて使用する際に電解質が分解することによって生じます。SEI層は有益な面もあり、リチウムイオンは通過できますが、電子は通過できないため、電池の寿命を延ばす役割を果たします。
しかし、SEI層が厚くなりすぎると、リチウムイオンの移動が阻害され、電池の性能が低下する原因となります。したがって、SEI層の適切な管理と制御は、電池の寿命と性能にとって非常に重要です。
リチウムめっき/デンドライト(Li-plating/ dendrite)
内部要因として、リチウムのめっきやデンドライトの形成が挙げられます。電池内部での電解液との反応に起因し、内部ショートやセル故障を引き起こすことがあります。
電池の性能低下に最も大きな影響を与える劣化要因は、使用状況や電池の設計によって異なりますが、一般的にこの「デンドライト形成」が特に重要な問題とされています。リチウムデンドライトの形成は、電池内部での短絡を引き起こす可能性があり、これは過熱や火災、時には爆発に繋がる最も危険なシナリオです。安全性に直接関わるため、電池の設計や使用において最も深刻な問題の一つと考えられます。
電池を充電するとき、リチウムイオンは負極に移動し、リチウムの層を形成します。しかし、充電速度が速すぎると、リチウムが不均一に積もり、針のような構造(デンドライト)が形成されます。これらのデンドライトが成長し、電池内部で正極と負極を繋ぐと、内部ショートを引き起こし、火災や爆発の原因となり得ます。
一度形成されたデンドライトは、電池の正常な機能を回復させることが非常に困難です。物理的にデンドライトを取り除くことはほぼ不可能であり、化学的に解決する方法も限られています。
アノードとカソードの劣化
電池の正極と負極の材料は時間とともに劣化し、活性物質の変化や粒子の破損が内部要因として劣化を促進します。これにより容量低下や電力出力の低下が発生します。
電池の正極(カソード)と負極(アノード)は、充放電の繰り返しにより徐々に劣化します。この劣化は、活性物質の化学的変化や物理的な粒子の破損によって引き起こされ、電池の容量や出力の低下に繋がります。
電解液の分解(Electrolyte decomposition)
充電時に電解液が酸化あるいは還元される可能性があります。イオンがうまく移動できなくなり、電池の性能が低下します。
電解液は、リチウムイオンが負極と正極の間を移動するための媒体です。しかし、電池の充放電中に電解液が分解すると、生成物が電極の表面に堆積し、リチウムイオンの移動を妨げ、電池の性能を低下させます。
バインダーの分解(Binder decomposition)
バインダーは電極材料を結合する役割を果たしますが、時間とともに分解することがあり、電極の構造に影響を与えます。
バインダーは、電極内の粒子を結合させるために使用される物質です。しかし、時間と共にバインダーが分解すると、電極の構造が損なわれ、電池の性能が低下します。
劣化の進行はセルごとに異なる
電池セルごとに劣化度合いが異なります。例えば、日産リーフの電池パックは、192個のラミネート電池セルを、48個のモジュールに分けて電池パックに搭載しています。
特定のセルだけを交換するようなメンテナンス性も必要となりますが、近年開発されている一体型のバッテリー構造(CTB)はエネルギー密度を高められる代わりにメンテナンス性に問題があるとされています。今後はリサイクルやメンテナンス性に優れた設計が求められてきます。
劣化防止のための制御
現在の一般的な電池制御(BMS、Battery Management System)では、温度測定は数か所に限られ、負荷を軽減するために最も温度の高いエリアだけを監視します。
電池の動作温度は一般に25℃が基準とされ、この温度で最も安定して動作します。低温になると内部抵抗が大きくなり、高温になると劣化が加速します。
まとめ
EV用のリチウムイオン電池の耐久性は多くの要因に依存し、それぞれの要因には解決すべき課題が存在します。寿命を延ばし、劣化を抑制するためには、電解液の安定性、電極の耐久性、温度管理など、多角的なアプローチが必要です。
電池の耐久性を大きく改善できる全固体電池の登場までにはまだ数年が必要とされており、それまでは液系電池の寿命向上が望まれます。
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