TSMC(台湾積体電路製造公司、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が熊本県に初の工場を建設し、開所式には日本産業界の重要人物が集結しました。
台湾の企業TSMCが日本で工場を開設するわけですが、なぜ日本企業の重鎮が集まるほど注目されているのでしょうか。新工場が日本企業や経済に与える影響を解説します。
台湾TSMCが熊本に工場を開所
台湾の企業で、世界最大の独立型半導体ファウンドリ(受託生産企業)であるTSMC(台湾積体電路製造公司、Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)が熊本県に初めての工場を建設し、開所式が行われました。
TSMCの張忠謀氏や劉徳音会長、齋藤経済産業大臣らが出席し、ソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士氏、デンソーの林新之助氏、トヨタ自動車の豊田章夫氏ら多くの産業界の重要人物も参加し、テープカットが行われました。
日本の産業界の大物が集結した背景には、どのような要因があるのでしょうか。
日本へのメリット
TSMCの工場建設に熱い視線が注がれている理由は、TSMCの半導体工場が日本の経済に大きな影響を与えることにあります。TSMCの半導体工場建設に際して、特に期待されているのは以下の2点です。
- 日本の半導体技術力の向上
- 半導体調達に関する地政学的安全保障
それぞれについて、以下で詳しく解説します。
日本の半導体技術力の向上
TSMCの日本進出により、日本の半導体関連企業や研究機関との間で共同研究開発が促進されるのではないかと考えられています。
TSMCが進出する熊本県菊陽町は半導体産業における重要な拠点となりつつあります。TSMC熊本工場周辺には、ソニーセミコンダクタマニファクチャリングや東京エレクトロン九州*の工場が隣接します。これらの企業の工場が存在することで、技術連携や人材交流が加速し、地元産業や人材の開発が可能になります。
TSMCは、7nm以下のような極めて微細な半導体の製造技術を保有しています。TSMCの熊本工場でも、このような最先端のプロセス技術が導入され、日本国内での半導体製造能力が飛躍的に向上することが見込まれます。
日本の半導体産業はかつて世界をリードしていましたが、2000年代以降、微細化技術の最前線での競争は苦戦しています。日本企業が自社で製造している最先端のロジック半導体は、20nmから40nmプロセスが主流であり、一部の企業が16nmプロセスの開発を目指している状況でした。
日本と比較して海外は数歩進んでいます。TSMCは7nm技術ノードを発表し、2018年から生産開始。Samsungは2025年には2nmプロセス、2027年にはさらに進んだ1.4nmプロセスの量産を目指しており、半導体分野における日本と海外の差は開き続けています。TSMCの先端技術が日本に入ることにより、半導体産業としての技術力向上につながることが期待されています。
近年の米中摩擦の激化も、TSMCの参入に影響しています。半導体技術で世界をリードする米国は長らく日本への警戒を強めていましたが、中国の台頭に警戒を強めた米国が、経済安全保障における日本の価値を再評価し、日本に技術開示するように動き始めています。
米IBMが「GAA」という次世代技術をラピダス(日本)に供与するなど、先端技術の共同開発に取り組んでおり、日本の半導体産業が息を吹き返す絶好の機会になっています。
半導体調達に関する地政学的安全保障
日本企業にとって、国内で半導体が調達できるようになることは大きなメリットです。
新工場の運営会社(JASM)に出資するソニーグループやトヨタ自動車は、世界的な半導体不足により生産が一時的に落ち込んだ経験があり、新工場への出資を通じて、半導体の安定的な確保を図る考えです。
トヨタが単なる調達契約ではなく出資まで踏み込んだのは、自動車用の半導体を確実に確保したい思惑が垣間見えます。
TSMCの売上高に占める5〜7ナノ品はスマートフォンや高性能コンピューターからも需要が多く、TSMCからすれば供給先は車産業に限らないため、自動車に目線を向けさせるための出資とも言えます。
トヨタ自動車はTSMCの熊本県における新しい半導体工場運営会社へ2%出資しており、この出資額についての具体的な金額は公表されていませんが、工場の総投資額がおよそ1兆円を超えると報じられているため、その費用の一部と考えると大きな額を投資していると言えます。
TSMCにもメリットがある
これまで技術流出リスクを避けるため、主に台湾に生産拠点を集中させてきました。そんなTSMCにも、日本に工場を設置するメリットがあります。
- 経済的メリット
- 日本の材料・製造装置技術を学ぶ
経済的メリット
最近、TSMCは日本以外にもアメリカやドイツで新たな半導体工場を建設することを決定していますが、いずれにも各国政府による巨額の支援が前提にあります。
日本政府は総額で最大1兆2000億円余りの補助金を提供すると発表しています。新工場の建設費用の一部をカバーすることを目的とした日本政府の大規模な支援は、近年の世界的な半導体不足と米中技術対立の中で、半導体供給の多様化と国内技術力の向上を図るための戦略的な動きと見られています。
TSMCにとって国外での工場建設に対する補助金は非常に歓迎されるものです。設備コストを軽減し、プロジェクトの財務リスクが低減されるため、TSMCは初期投資を抑えながら、グローバルな製造ネットワークを拡大し、生産能力を増強することができます。
ドイツでも日本と同じ動きがあります。TSMCはドイツのザクセン州ドレスデンに欧州初の工場を建設する計画を発表し、ボッシュ、インフィニオン、NXPと共に合弁会社ESMCを設立します。出資比率はTSMCが70%、他社が各10%で、総投資額は100億ユーロを超え、ドイツ政府からは最大50億ユーロの補助金が提供されます。
日本の材料・製造装置
日本は半導体製造装置や材料の分野で世界をリードする企業を多数有しており、製造装置企業との連携はTSMCにとって大きな利点となります。日本国内での生産により、TSMCはこれらの先進的な技術や材料へのアクセスを容易にし、製造プロセスの最適化や新技術の開発を加速することができます。
順位 | 企業名 | 売上高(億ドル) | 市場シェア (%) |
---|---|---|---|
1 | アブライドマテリアルズ (米) | 248 | 21.74 |
2 | ASML (オランダ) | 213 | 18.67 |
3 | ラムリサーチ (米) | 190 | 16.65 |
4 | 東京エレクトロン(日本) | 164 | 14.38 |
5 | KLA (米) | 104 | 9.12 |
6 | アドバンテスト(日本) | 35 | 3.07 |
7 | SCREENホールディングス (日本) | 27 | 2.37 |
8 | ASMインターナショナル (オランダ) | 25 | 2.19 |
9 | KOKUSAI ELECTRIC(日本) | 21 | 1.84 |
10 | テラダイン (米) | 21 | 1.84 |
– | その他の企業 | 92.85 | 8.14 |
半導体製造装置の市場シェアランキングによると、上位10社のうち4社が日本企業であり、装置導入の面でも日本で工場を建設することはメリットになります。
日本の半導体産業は復活するのか?
日本の半導体産業は2000年以降、厳しい状況に直面しています。国際市場でのシェアが低下し、人材流出が深刻な問題です。日本の半導体産業に従事する人員は8万人とされ、ピークの20万人の半分以下とされています。
TSMCの工場開所にあたり、希望の兆しも現れています。微細化技術の限界に対処するための「後工程」技術への注目が高まり、日本企業の半導体材料や製造装置の技術力が評価されています。さらに、米中の貿易摩擦や中国の技術挑戦により、日本の技術価値が再び脚光を浴びています。
日本企業は国際的な連携も強化しています。例えば、米IBMが日本のラピダスにGate-All-Around(GAA)技術を提供するなど、協力関係が進展しています。
日本の半導体産業が再び勢いを取り戻す兆しが見えてきている今、半導体産業はより一層活気づいていますが、技術力の向上は一朝一夕に進むものではありません。5年から10年の長期のロードマップに従い、徐々に半導体に勢いが戻り、半導体産業に従事する技術者の数が2000年ごろの20万人にまで戻らなければ、日本の半導体産業が復活することは難しいでしょう。
まとめ
TSMCの日本工場建設は、日本企業や経済に大きな影響を及ぼすことが期待されており、半導体の安定供給や技術連携など、幅広い恩恵が予測されます。また、TSMCのグローバル展開戦略により、各国政府との協力が強化され、安定した半導体供給網を構築する動きが見られます。
日本の半導体産業も厳しい状況にある中で、新たな技術分野への注力や国際連携により、再び活性化への道を模索している状況です。
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