CATLの「Shenxing」急速充電バッテリーは何が凄いのか?

リチウムイオン電池

CATLは、Shenxing Superfast Charging Batteryを発表しました。名前の通り、急速充電を可能とするバッテリーで、2024年1〜3月期に発売、自動車メーカーに供給する予定です。

この電池の何が凄いのか、技術的な視点も踏まえて解説します。

「Shenxing」急速充電バッテリーは何が凄いのか?

Shenxing Superfast Charging Batteryは、CATLの開発した廉価・急速充電が可能な車載用バッテリーです。CATLは以下のような特徴をアピールしています。

  • 4C充電の急速充電が可能
  • LFP電池
  • -10℃でも充電が可能
  • 30分で80%充電が可能
  • 700kmの航続距離を実現

特に、充電速度が4Cに対応した点と、LFP電池である点が注目に値します。以下でそれぞれを解説します。

4Cの急速充電

現在販売されているBEVの多くが、2以下の充電レートで充電しています。テスラは最大3.3Cに対応している車種もありますが、4Cに対応するバッテリーは世界初です。

C(電池の公称容量/Capacity)レートとは、バッテリー容量に対する充放電電流値の比であり、バッテリーの充放電特性を表します。容量の異なる電池同士の特性・条件をそろえて比較するために用意された指標です。

1Cは、満充電の電池を1時間で完全に放電する際に流れる電流です。Cの値が大きいほど大きな電流を出力でき、充電速度が速くなります。

LFP電池

LFP電池は、リン酸鉄リチウム電池の略称です。

リン酸鉄リチウムイオン電池は、ニッケルやコバルトなどの高価な素材の代わりに、鉄とリン酸を使用した廉価版リチウムイオン電池です。

リン酸鉄リチウムイオン電池は、重量エネルギー密度で従来の三元系のリチウムイオン電池に劣ります。

高容量を求めない廉価なEVに搭載するためにCATLが開発してきたもので、今回のShenxing Superfast Charging BatteryはLFP電池を急速充電を可能としたモデルと言えます。

技術的な改善点

より詳細に、電池の何を改良してこの急速充電が実現できているのかを解説します。技術的な改良について、CTOはプレゼンテーションの冒頭に以下のように説明しています。

Each Advancement of Products Results from Revolutionary Technological Improvements in Every Detail. (製品の進化は、細部にわたる革新的な技術改良から生まれます。)

Gau Huan (CTO of CATL China E-Car Business)

つまり、バッテリーの進歩は革新的な一つの技術によりもたらされたものではなく、正常進化を地道に続けた結果としてあるということです。

以下で、発表されたそれぞれの技術について解説します。

正極材料の改良

LFPの正極材料を「完全にナノ結晶化」することによって、リチウムイオンの輸送を高速化できたとしています。

一般的に、正極の粒径サイズが小さくなると、電子とリチウムイオンの拡散距離が短くなるため、電池の充電・放電速度が向上します。粒子のサイズを小さくすることは、急速充電や高電流放電に適した構造を模索する手早い方法と言えます。

ただし、粒子のサイズが小さすぎると、電極の内部抵抗が増加する可能性があり、これが電池の性能を低下させる要因となることもあります。急速充電を実現しながら内部抵抗を下げるための粒径の最適化は必要です。

負極材料の改良

負極材料には、代わらず黒鉛(グラファイト)が用いられていますが、黒鉛の表面性状を変更する「fast ion ring technology」によって、インターカレーションの経路を増やし、経路を短くする試みがなされています。

黒鉛粒子の模式図。表面に加工痕のようなものが見られる

イメージ図には、表面に縞模様の入った黒鉛粒子が示されています。これが、表面加工された特殊な黒鉛を用いていることを示しているようです。

負極の厚み方向で、黒鉛粒子が「グラデーション」を持っていると表現されている

また、急速充電と高容量を実現するために、黒鉛形状にグラデーションを付けているようです。イメージ図からは分かりにくいですが、上と下の層では異なる黒鉛が用いられているのかもしれません。

気孔率の異なるグラファイトで2つの層を構成し、電極表面に気孔率の高い層を設けることで、リチウム輸送を容易にしてデンドライト析出を抑制していると考えられます。

このマルチグラディエントの黒鉛電極はCATLがオリジナルではなく、エンパワー社が数年前に開発したとされています。特許回避がなされているのかどうかは定かではありませんが、CATLほどの企業が他社特許を侵害するリスクを取るとは考えにくいです。

セパレータの改良

リチウムイオンの透過抵抗を下げるために、セパレータも改良しています。セパレータの気孔率を上げて、リチウムイオンを輸送しやすいように改良し、急速充電を実現しています。

セパレータには丸い穴が空いていることがわかる

セパレータは多孔質の構造が用いられており、この多孔質構造の穴の量を増やす(気孔率を上げる)ことで、電解液が透過しやすくなり、輸送抵抗を下げることができます。

一方で、穴の量が増えるほど機械的強度が下がり、壊れやすくなる懸念があります。また、電子伝導による短絡の可能性もあります。気孔率を単純に高めるだけではなく、孔の大きさや分布、セパレータの厚さなどの要因も考慮して、最適な設計が成されていると考えられます。

SEIの超薄膜化

SEIをなるべく超薄膜化することで、抵抗を減らし、リチウムイオンの浸透をスムーズにするように改良がなされています。

SEI(固体電解質界面)は、リチウムイオン電池の黒鉛負極上に形成される薄い不導体の膜です。この膜は、電池の初回充電時に主に負極材料と電解質との間での副反応により生成されます。

設計上重要なのはSEIの厚さだけでなく、その質や均一性も含まれます。適切な厚さと質を持つSEIは、電池の性能や安全性を最適化するための鍵となります。

電解液の改良

電子伝導性を改善するために、電解質の化学式を刷新したとされています。効率よく電解液の電子伝導性を上げ、かつ粘度を下げるように設計されています。リチウムイオンの脱溶媒能力を高める効果も望めるとのことです。

筆者の視点

技術的に極めて高度なことをしているわけではなさそうです。従来の延長線上の改良を細かく重ねて実現してきたという印象が強いです。

恐ろしいのはそのスピード感です。ほんの数年前まで、4Cの急速充電は、全固体電池が実用化するか、従来電池の改良が進むか、ほぼ同じくらいの時期ではないかと予想されていました。知られている通り、全固体電池は早くて2028年の市場投入が現実解とされています。しかし、CATLはLFP電池で4C充電を実現し2023年末には製品投入するとアナウンスしました。全固体電池実用化に対して4年も早い。CATLの開発力の高さが伺えます。

採用車種

Shenxing Superfast Charging Batteryは、BAIC(北汽藍谷)のEVブランド「ARCFOX」に採用されることが発表されています。具体的な搭載車種はアナウンスされていませんが、Shenxing バッテリーを搭載したARCFOX車両は、10分の充電で400 kmの航続距離を達成できるとされています。

シャオミが開発したEV、SU7 Proにも、Shenxing Superfast Charging Batteryが搭載されています。容量は94.3kWhで、同じ車種の廉価モデルのLFP電池はBYDのブレードバッテリーを搭載しています。

まとめ

本稿で紹介したような改良を進めて、LFP電池の4C充電が可能な新型電池を実現しています。

この電池が2024年1〜3月期に発売、自動車メーカーに供給されるとのことで、今後より充電時間が短く安価なバッテリーを搭載したEVが登場してくることでしょう。

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コメント

  1. 猪本 より:

    Hashimotoさん、

    日本語でかつ技術的な解説も含めて紹介されており大変参考にさせていただきました。
    当方、商社研究所に所属時代、モビリティや自動車産業についてフォローしており、
    引退後の現在も関心を持って動きを見渡している者です。

    最近ブログを始めたところで、当該Shenxing記事のURL掲載は可能でしょうか。

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