NMC811、単結晶と多結晶どちらが性能がよいのか?

リチウムイオン電池

ハイエンドのリチウムイオン電池によく用いられる正極活物質「NMC811」。この材料のスペックには「単結晶」と「多結晶」があり、この構造の違いが電池の性能を制御する因子になります。

本稿では、単結晶・多結晶のどちらの方が適した材料なのか、研究論文などを参考にしながら解説します。

NMC811、単結晶と多結晶どちらが性能がよいのか?

NCM811の構造(単結晶・多結晶)により、リチウムイオンバッテリーの性能、安定性、寿命は大きく変わります。どちらの方が性能がよい電池ができるのでしょうか。

結論

結論を簡単に紹介すると、耐久性の観点からは単結晶のNMC811が良い一方で初期性能が高いのは多結晶のNMCで、多結晶のNMCの方がコストも安いことが知られています。

単結晶多結晶
構造
初期性能初期放電容量
急速充電
耐久性サイクル耐性
膨張・収縮
コストコスト

研究論文Different mechanical and electrochemical behavior between the two major Ni-rich cathode materials in Li-Ion batteriesでは、単結晶と多結晶のNMC811の耐久性の比較を行っています。本研究の著者は中国で電池大手のCATLと、中国の大学の両方の肩書を持っており、より実際の開発に近い研究である可能性があります。

論文の結果を簡単に示すと上記の表のようになります。

初期放電容量

C-rate単結晶多結晶
放電容量(0.2C)161.46(mAh/g)166.30(mAh/g)
放電容量(0.5C)155.66(mAh/g)159.38(mAh/g)

初期放電容量においては、多結晶NMC正極材料が単結晶材料よりも優れています。具体的に、低~中レート(0.1–2C)での放電実験では、多結晶NCM材料の方が単結晶NCM材料に比べて高い放電容量を示しています。

急速充電性能

C-rate単結晶多結晶
放電容量(0.2C)161.46(mAh/g)166.30(mAh/g)
放電容量(0.5C)155.66(mAh/g)159.38(mAh/g)
放電容量(5C)101.38(mAh/g)85.79(mAh/g)

高レート(5C)での性能評価においては、単結晶正極材料が優れています。単結晶材料が急速充電に対してより適した性能を示すことを意味します。

単結晶NMC正極材料は、カチオン(ニッケル、マンガン、コバルトのイオン)の位置がより正確で、カチオン混合が少ないため、電気化学的な反応がより効率的に進みます。これにより、高レートでの充放電時にも性能が落ちにくくなります。

サイクル性能は単結晶が良い

単結晶NMC811は、長期的な充放電サイクルにおいてより高い容量保持率を示しました。

機械的耐久性

単結晶NCM811は、多結晶に比べて体積変化が小さく、充放電サイクル中に粒子割れが発生しにくいことが観察されました。これは、セルの構造的完整性を保ち、長期的な使用における安定性に貢献します。

参考文献のFig5に具体的な図が掲載されています。

単結晶NMC811カソードを使用したリチウムイオンバッテリーは、充放電時の体積変化が比較的小さく、その結果、セル内での反発力(Swelling force)が適度に保持されます。この反発力が負極黒鉛の膨張を効果的に「抑え込む」役割を果たします。

コスト

多結晶粒子の製造コストが単結晶粒子に比べて一般に低い理由には、製造プロセスの複雑さ、必要な設備の種類、および生産効率の違いが挙げられます。

多結晶粒子は、単結晶粒子を作る際に必要な厳密な温度制御や長時間の結晶成長時間を必要としないため、製造プロセスが単純です。このため、生産効率が良く、コストを抑えることができます。

単結晶と多結晶とは?

単結晶
(Monocrystalline)
多結晶
(Polycrystalline)
構造イメージ
粒子形状不規則球形または楕円形
製造コスト
(緻密な制御が必要)
粒子サイズ約2μm二次粒子:約10μm
機械的特性内部ストレスが容易に放出され、機械的クラックが効果的に回避されるセル運用中に粒子の割れが発生しやすい
副反応高い比表面積による電極/電解質界面での副反応が深刻単結晶に比べ副反応は少ない

多結晶粒子は、いくつかの小さな単結晶粒子が集合して形成されたものです。

単結晶の方が構造変化が小さく、耐久性が高いという知見は、高電位で安定性な Ni-rich 正極材料開発によるリチウムイオン電池に関する研究でも示されています。

テスラ内製電池の正極の場合

テスラの4680セルは、中央の9-10μmの集電箔の両側に正極活物質が85μmほど塗工されている(Tesla 4680 Teardown: Specs Revealed! (Part 2)より)

テスラはNMC811を正極に用いていることが知られています。解体されたテスラの電池セルの断面を見ると、正極活物質の粒径は約10μm前後であり、多結晶の粒径に近いことが分かります。

多結晶粒子を利用するテスラの狙いは、初期のエネルギー密度を高めることと、コストを抑えることにあると考えられます。

どうやって作り分ける?

単結晶(M-NCM)製造多結晶(S-NCM)製造
pH調整pHを11.7~11.9に設定pHを11~11.2に設定
アンモニア濃度5.5~6.5 g/L7.5~8.5 g/L
前駆体の
粒子サイズ
約3-4 μmの単結晶前駆体約10 μmの準球形二次粒子の前駆体
熱処理条件リチウム炭酸塩とのモル比Li/M=1.06、950 °Cで12時間焼成リチウム炭酸塩とのモル比Li/M=1.04、925 °Cで焼成

単結晶・多結晶の作り分けは、以下の論文で紹介されています。溶液のpH調整と、アンモニア濃度、熱処理条件を変更することで、異なる前駆体(活物質粒子になる前の反応途中物質)が得られます。

まとめ

正極NMC811の単結晶・多結晶の比較をしました。一長一短ですが、耐久性を無視できるならば多結晶の正極活物質を用いることで高いエネルギー密度かつ安いコストで製造が可能になります。

単結晶は耐久性が高く、急速充電に適しているため、耐久性の高いEVを開発するのであれば、単結晶のNMC正極活物質を用いた電池開発が必要になります。

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某自動車メーカー勤務、主に計算系の基礎研究と設計応用に従事してます。
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