電気自動車 (EV) の普及が急速に進む中、充電速度やバッテリーの寿命などの課題に対応するための新しい技術が求められています。イスラエルの企業 StoreDot が開発している「シリコン負極」を持ったリチウムイオン電池に注目が集まっています。
この記事では、StoreDot のシリコン負極は何が凄いのか、現在の開発状況と今後の展望について詳しく解説します。
StoreDotとは
StoreDotは、2012年にイスラエルのヘルズリヤに設立されたバッテリー企業です。シリコン負極を使ったEV用電池を開発しており、2024年に量産を開始する予定、2025年に市販化を目指しています。
StoreDotは、電池を製造するメーカーになるのではなく、大手電池メーカーに自社の技術をライセンス供与する戦略をとるとされており、一般的なバッテリー企業とは少し異なる経営姿勢を目指しています。
StoreDotのシリコン負極電池
StoreDotの最も注目すべき技術は、シリコン負極を利用したリチウムイオン電池です。
既存のリチウムイオン電池の負極に用いられる活物質は、そのほとんどがグラファイト(黒鉛)です。テスラの内製電池も、負極の活物質としてグラファイトを用いています。一方で、電池の性能を大幅に向上させるために、シリコンを活物質とする負極材料が研究されています。シリコンは、理論比容量がグラファイトの10倍以上であり、地殻に豊富に含まれることから、低コストでの利用が可能です。シリコン負極については、以下の記事でも詳しく解説しています。
StoreDotは、シリコン負極を用いた高容量電池セル「100in5」を開発。100in5電池は、5分で100マイル(160km)の走行が可能な充電を実現するとしています。
一般に、高性能電池は充放電を繰り返すと劣化が激しい傾向にあります。特にシリコンは充放電による膨張・収縮が大きく(グラファイトの28倍)、耐久性を担保することが困難とされていました。
StoreDotのバッテリーは、1,200回を超える充電サイクルにも耐えることができています。1,700サイクル後でも、バッテリーは元の容量の70%を維持すると言われており、一般によく言われる「シリコン負極は劣化しやすい」という問題を解決しているように見えます。
シリコンナノ粒子を用いた負極でサイクル耐性を改善
StoreDotのシリコン負極は、Group14 Technologiesの開発したSCC55と呼ばれるシリコンナノ粒子を用いています。
通常、シリコン負極は充放電により大きく膨張・収縮し、電池セルを劣化させてしまいます。StoreDotのナノシリコンを用いた負極は、この膨張収縮を抑えることができるとされています。SCC55ナノシリコン粒子は、シリコンの膨張問題を克服するための構造であるとされ、SCC55のナノシリコン粒子、カーボン、空隙の組み合わせをうまく調整し、リチウムを効率的に蓄える構造がとられています。
StoreDotは、シリコン負極の特許を出願しています。
この特許によれば、シリコン材料を特殊な方法で加工して多孔質のナノ特性を持つ材料を作成し、これをカーボンやポリマーと組み合わせることで、リチウムイオン電池の性能向上が図られています。
エネルギー密度はスタックレベルで少なくとも 330 Wh/kg および 860 Wh/L を達成しており、2024年4月時点での情報としては業界トップクラスの数値です。パウチセル、あるいは円筒の4680フォーマットの円筒セル(主にテスラが利用)として開発されています。
サイクル耐久2000回を達成
StoreDot は、シリコン主体のバッテリー セルが初期容量の 80% 以上を維持しながら、連続 2,000 回を超える Extreme Fast Charging(XFC、極端な高速充電)サイクルを達成しました。条件は充電率 4.2C、放電率 1で耐久され、10 分間で10%~80%まで連続的に充電されるものです。
自動車メーカーが要求する充放電サイクル寿命は、サイクル3000回以上で初期の80%の容量を維持することを目標とすることが多く、StoreDotの性能はこれに迫ります。かつ、急速充電での耐久性が高いということで、電池関係に多少経験の筆者から見ても有望な技術だと思います。
提携する企業
StoreDotの技術には多くの注目が集まっており、いくつかの大手企業との提携が進行中です。
Volvoとの提携
ボルボは、StoreDotの電池をEVに搭載すべく、協業を開始しました。
StoreDotが開発した電池をボルボの次世代のEVプラットフォーム用に最適化するとのことで、2023年初めから「100in5」セルを評価してきています。
100in5は2024年の実用化を目指すとStoreDotが宣言している電池で、急速充電が可能なシリコン負極電池をボルボは車載向けに調整していく構えのようです。
テスラ
StoreDotの技術にはテスラも注目しており、テスラの超高速充電トップモデルに採用される可能性があります。
正式なパートナーシップや協力関係ではなく、あくまでサンプル評価の段階とのことです。テスラが求めるレベルのバッテリー性能と量産能力を実現できれば、今後テスラ車両への搭載も可能と考えられます。
StoreDotは、電池セルを4680の円筒形式としても供給するとしています。テスラが今後採用する4680タイプの電池であれば、電池セルの入れ替えだけでStoreDotのシリコン負極電池を採用できる可能性もあり、テスラが将来性を見越して電池テストを行うのも理解できます。
なお、テスラは内製電池で負極にシリコンを用いておらず、活物質はグラファイトのみです。今後より高いエネルギー密度を実現するために負極にシリコンを含有させると考えられており、その候補の一つとしてStoreDotの技術が利用される可能性があります。
Ola Electric
インドの電動車企業Ola Electricは、StoreDotに投資し、同社の技術を用いた独占的な電池の製造権を獲得しています。
Ola はインドの Uber に相当する企業としてスタート、現在は電動スクーターを主な事業とし、自動運転車を含めた電気自動車の開発を進めているとされています。Olaの価値は2019 年に10億ドルを突破し、現在は約50億ドルと評価されています。
中国EVE Energyと提携
StoreDotは中国のバッテリーメーカーEVE Energyと提携し、小型の電動スクーター向けのバッテリーの開発を進めています。
EVE Energyは今後の製品ラインナップの拡充を目指して、リン酸鉄リチウムバッテリー(LFP電池)のほか、シリコン負極を用いた電池に着目しているものと考えられます。
その他のサンプル提供先
現在、15社のOEMが StoreDots 高速充電バッテリーセルをテスト中とされています。StoreDotはセルを評価している企業を公開していませんが、評価企業の地図を公開しており、米国、フランス、ドイツ、イタリア、韓国、日本にもその企業が存在することを示しています。
フランスにはルノー グループとフランスのステランティス ブランドがあり、韓国には主にヒュンダイ、ジェネシス、起亜自動車のヒュンダイ モーター グループがあります。
サムスン、TDK、ダイムラー、VinFastなどは、StoreDotに出資しており、これらへもサンプルを提供している可能性が高いと考えられます。VinFastとは、ベトナムのVingroupのバッテリー会社であるVines Energy Solutions (VinES)と協力関係を発表しており、VinESを通じて電池セルを評価している可能性があります。
イスラエルの成長
StoreDotはイスラエルの企業で、当初はディスプレイやストレージデバイスを開発するベンチャーでしたが、現在は電池を手掛ける企業です。イスラエルは天然資源が乏しい国で、人口も950万人と日本の1/10以下ですが、軍産が協力してスタートアップが育ち、世界中の投資家から注目されるテクノロジー国家となりつつあります。
全固体電池などの次世代技術
StoreDotは、2032年までの開発ロードマップを公開しています。
通称 | セル エネルギー密度 | 160km走行ぶんの 充電時間 | 電池技術 | 実用化 |
---|---|---|---|---|
100in5 | 300 Wh/kg | 5分 | シリコンアノード | 2024 |
100in4 | 340 Wh/kg | 4分 | シリコンアノード | 2026 |
100in3 | 400 Wh/kg | 3分 | 全固体or半固体 | 2028 |
100in2 | 500 Wh/kg | 2分 | ポストリチウム | 2032 |
全固体電池
StoreDotは、2028年に半固体or全固体電池を投入するとしています。400Wh/kgの電池セルを開発するとしており、このエネルギー密度や投入時期は、日本の自動車メーカーが開発目標とするところと非常に近いものです。
ポストリチウムイオン電池
ポストリチウムイオン電池は、リチウムイオン電池の後継として期待される技術です。
セルとしての500Wh/kgを実現する電池としては、リチウム硫黄電池やリチウム空気電池などが考えられます。「ポストリチウムイオン電池」という言葉からは、輸送イオンがリチウムではない別の電池であることも想像でき、一様にこの電池であるとは特定できないものです。
以下の記事では、リチウムイオン電池の「次の技術」として期待されている次世代電池を紹介しています。
まとめ
StoreDotの電池技術について紹介しました。
シリコン負極を用いた電池が実現すれば、電気自動車の充電時間の短縮や、エネルギー密度の向上が期待できます。サンプル評価を実施する各企業が、StoreDotの技術に実用化の筋道を見つけることができれば、今後車載電池として広く活用されることになりそうです。
関連記事
コメント