日産自動車の全固体電池の実力は?

全固体電池

多くの自動車メーカーは、EVに搭載する全固体電池の開発を進めています。

日産自動車は、2028年までに、自社開発した全固体電池を車両に搭載して販売すると発表。高いエネルギー密度の目標を掲げ、リチウム金属負極の採用、コバルトフリー正極の採用などにより、他社と差別化した全固体電池を実現しようとしています。

本稿では、技術的視点から、日産の全固体電池の性能や開発課題を紹介します。

2028年までに全固体電池を市場投入する

日産自動車は、コンセプト車両Max-outを公開しました。2028年度までに、自社開発の全固体電池を搭載したEVを市場投入することを目指すとしています。全固体電池の量産化に向けたパイロットラインを、2025年3月に稼働させると発表*しています。

全固体電池のコスト面にも触れており、2028年度に1kWhあたり75ドル、さらにその後は65ドルまで低減可能なポテンシャルがある、としています。

65ドルはEVがガソリン車と同等のコストレベルになる価格です。全固体電池は、将来EVがガソリン車を代替するための強力な武器となります。

日産自動車の全固体電池の実力は?

日産自動車の全固体電池は、高い目標を掲げ、面白い技術を詰め込んだ魅力的な電池です。日産の全固体電池の開発に関して、重要なキーワードは以下の点です。

  • 高いエネルギー密度の目標
  • リチウム金属負極の採用
  • 耐久性の改善
  • コバルトフリー正極の実現

順番に解説します。

高い体積エネルギー密度の目標:1000Wh/L

日産自動車は、20208年に実用化する全固体電池の体積エネルギー密度の目標を1000Wh/Lと設定しています。現在主流のリチウムイオン電池(NMC系)の体積エネルギー密度は約700Wh/Lです。現在主流の電池の約1.5倍のエネルギー密度を目指すことになります。

同じく全固体電池開発を行うSolidPower社やQuantumScape社の全固体電池と比較しても、日産の目標は同等のエネルギー密度です。

質量エネルギー密度は不明

液系
リチウムイオン電池
日産
全固体電池
注釈
質量
エネルギー密度
250~280 Wh/kg未公表車載電池の性能指標として一般に用いられる
体積
エネルギー密度
約700 Wh/L約1000 Wh/L「重さ」は考慮されない指標

電池のエネルギー密度には、質量当たりのエネルギー密度と体積当たりのエネルギー密度の2種類があります。車載電池では、質量エネルギー密度(1gあたりに蓄えられるエネルギー)が議論されることがほとんどです。自動車をなるべく軽くするために、質量あたりのエネルギー密度を高くする必要がるためです。

しかし、日産自動車が開示するエネルギー密度は体積エネルギー密度のみで、全固体電池の質量エネルギーを開示していません。ここで、他社含めリチウムイオン電池のエネルギー密度から、日産の目指す全固体電池の質量エネルギー密度を見積もってみます。

NEDOの目標値は500Wh/kg

日産の全固体電池の性能を見積もるため、NEDOプロジェクト、先進・革新蓄電池材料評価技術開発の資料を参照します(本プロジェクトには日産自動車も参画)。

NEDOプロの2025年目標は、2028年以降に達成される見通し

NEDOプロでは、2025年普及モデルの全固体LIBの実証目標を、電池パックのエネルギー密度で300Wh/kgに置いており、電池セルのエネルギー密度に換算すると約500Wg/kgとなります。2028年に日産が実用化する全固体電池も、このレベルの電池容量を目指すものと想定されます。

みてわかるように、現在のテスラの内製電池や、パナソニックの電池と比較しても、非常に高いエネルギー密度が期待できます。

NEDO目標から見る全固体電池構成

NEDOプロジェクトでは、正極にNMC(三元系)、負極に黒鉛系、電解質に硫化物型を用いる、いわば「正常進化型」の全固体電池が第一世代とされ、2025年めどに実用化を目指すとされていました(現状、この目標の実現は非常に困難になっています)。

その次の世代とされる次世代全固体電池は、正極は同じNMCでもニッケル比率を高めエネルギー密度が高くする狙いで、負極はシリコン合金やリチウム金属という膨張も大きい難易度の高い材料、電解質も硫化物型にこだわらない記載がされています。

リチウム金属負極を採用

日産の全固体電池セルは負極に金属リチウムを用いている

通常、電池の負極には黒鉛(グラファイト)が使われますが、日産の全固体電池セルでは負極に金属リチウムを用いています。金属リチウムを用いることで、負極のリチウム容量が向上し、電池の容量が向上することが期待できます。

一方で、リチウム金属負極を用いると、充放電の際にリチウムが膨張し、セルを壊してしまうという問題があります。

リチウム金属負極を採用する企業は多い

企業電池タイプ負極質量
エネルギー密度
体積
エネルギー密度
日産全固体電池リチウム金属1000 Wh/kg
SolidPower全固体電池
(初期型)
黒鉛・シリコン390 Wh/kg
SolidPower全固体電池
(開発目標)
リチウム金属440 Wh/kg
Factorial Energy全固体電池リチウム金属380 Wh/kg
Empower液系
リチウムイオン電池
リチウム金属389 Wh/kg888 Wh/L

BMWと提携するSolidPowerは、リチウム金属を負極に採用した電池で440 Wh/kgのエネルギー密度を目標として開発しています。SolidPower社は黒鉛をシリコンに置き換えた全固体電池(エネルギー密度390Wh/kg)をまず開発、その後リチウム金属負極を実現するとしています。つまり、黒鉛・シリコンよりもリチウム金属負極の方が技術的に難しいということです。

ファクトリアルエナジーも、リチウム金属負極を用いたパウチ型の全固体電池を開発しており、エネルギー密度380Wh/kgを実現しています。

液系のリチウムイオン電池では、既にリチウム金属負極が実用化されています。エンパワー社の開発した円筒バッテリーはリチウム金属負極を採用しており、質量エネルギー密度 389Wh/kg および 体積エネルギー密度888Wh/L を誇ります。

電解質は硫化物型

特開2022-131400 電気デバイス用正極材料並びにこれを用いた全固体リチウム二次電池

日産自動車の全固体電池の素性を調べるために、近年の特許出願を見ていると、硫黄を含む正極材料の粉末粒子のSEM観察画像が見つかりました。

この特許のほかにも、硫化物型の全固体電池を題材とする特許が多く出されており、NEDOプロジェクトでも硫化物系の電解質を用いた全固体電池が主流として開発されています。2028年時点では硫化物型をターゲットに開発が進んでいるものと想定できます。

正極への工夫も必要

全固体電池の正極は、活物質と電解質を混合した電極が用いられます。そのため、正極の活物質と電解質の界面設計が重要です。出願特許のような、硫黄を含む物質を活物質を用いることで、電池全体としての性能を向上させる取り組みがなされている可能性があります。

正極の耐久性への対策

特開2023-001470 電気デバイス用正極材料並びにこれを用いた電気デバイス用正極および電気デバイス

全固体電池の課題の大部分は、耐久性に集約されます。日産自動車は、電池の耐久性向上に関しても、いくつか特許を出願しています。

初期性能をあげるためによく行われる方法として、繊維状の導電助剤と、粒径の小さい硫化物固体電解質粒子をブレンドして電極材料とする方法があります。一般的に、この方法ではサイクル耐久性が低下してします。つまり、初期性能は高いが、すぐ劣化する電池になってしまいます。

正極粒径の分布制御で性能を改善する?

日産の特許案では、正極材層における正極活物質と固体電解質の分布を、所定の関係を満たすように制御することで、サイクル耐久性の向上につながるとのこと。実際の電極のSEM像も示しながら特許出願されており、具体的な耐久性向上のための検討が進んでいると読み取れます。

活物質と固体電解質の粒径比率を制御することで、性能を向上させることができる

活物質と電解質の粒径制御は、全固体電池の分野において重要な研究テーマです。カリフォルニア大学の研究*では、固体電解質と活物質の粒径の比率を制御することで、高いエネルギー密度を実現できるとされています。

このような地道な検討を繰り返すことで、日産は高いエネルギーを実現する全固体電池の実用化を目指しているものと考えられます。

コバルトフリー正極

Nissan Ambition 2030をプレゼンした日産自動車のグプタ氏は、全固体電池の直近の課題として「コバルトフリー」というワードを持ち出しています。全固体電池のコバルトフリーとは、電池セル内の正極にコバルトを含まないことを指します。コバルトは正極によく用いられ、電池のエネルギー密度や安定性を高める材料です。

他社もコバルトフリーを実現

コバルトフリー電池に関しては、中国電池大手のSVOLTが、ニッケルとマンガンだけを用いた正極を使った「コバルトフリー電池」を開発しています。この電池は液系ですが、日産は全固体電池で同じことを実現しようとしているとみられます。

コバルトフリーはコストへの影響度も大きい

1kWhのLIBに必要な原料鉱石の輸入価格(NEDO「電気自動車用革新型蓄電池開発」(中間評価)プロジェクトの概要(公開版)資料より)

コバルトを使用しないことで、コストを大幅に下げることができます。NMC正極のコストの内、大きな部分を占めるのがコバルトです。20%しかコバルトを含まないNMC(532)であっても、コストの半分を占めるコバルトを不要とできることから、コストの低減も可能です。

コンゴ共和国シャバラ鉱山(朝日新聞社HPより)

コバルトは希少で高価な材料であり、一部の国では、コバルトの採掘において人権侵害や児童労働が行われていることが報告されています。そのため、多くの企業や研究者が、コバルトフリーの正極を全固体電池に使用することを検討しています。

電池パックコストは依然高くなる

NEDO 先進・革新蓄電池材料評価技術開発(第2期)2022 年度実施方針より

同じくNEDO資料によれば、2025年普及モデルにおいて電池パックの容量コストは1.5万円/kWh。液系LIBと比べるとまだ割高な印象です。

なお、1.0万円/kWh(日産のいう65ドル)で、内燃機関と同等のコストとなると言われています。液系では、LFP電池などの低コスト電池の開発が進んでおり、早ければ2025年にはこのコストに到達するとされています。

日産自動車の全固体電池開発状況

日産自動車は、全固体電池の積層ラミネートセルを試作生産する設備を公開。社内での技術開発の様子を示しています。この中で、分子レベルの材料開発から、電池パックまで内製しているとあり、全固体電池は手の内で育てたいという思惑が感じられます。電池技術を自動車メーカーが持つことは重要で、特にEVのコストの主要因となる電池を握ることができれば、他社に対してコスト面で優位に立つことができます。

日産自動車は、全固体電池を2028年に実用化すると明言しています。2028年の全固体電池は、硫化物系の固体電解質を使った全固体電池と考えられますが、明確に仕様を示す資料は見当たりませんでした。

特許数の推移

Comparison of Patent Applications for Solid-State Batteries
J-PlatPatで固体電池の分類コードH01M10(二次電池:その製造)の推移をカウント

トヨタ・ホンダ・日産の三社の固体電池関連特許を調査しました。

・固体電池の特許は、トヨタ自動車の出願数が圧倒的
・トヨタがこの分野の研究開発に多額の投資をしていることを示唆
・競合他社よりも固体電池の市場投入に近づいている可能性

日産の目線では、先行するトヨタを追従する必要があります。全固体電池投入のタイミングを早め、その性能を向上させるために、より多くの研究開発投資が必要と考えます。

製造ラインは公開済み

A4ノート程度の大きさのパウチセルを評価している様子がうかがえる(日産自動車HPより)

日産自動車での全固体電池の研究開発体制は知る由もありませんが、研究設備や取り組みは、一部紹介されています。全固体電池のセルのサイズとしては、大きな正方形(10cm角)のセルに移行しているとのこと。最終的にはノートパソコンほどの大きさのセルになるとしています。

分子レベルの材料研究から行っていると述べられており、固体電解質の材料研究にも取り組んでいるものと考えられます。

全固体電池とは

全固体電池は、従来のリチウムイオン電池のような液体やゲル状の電解質の代わりに、固体の電解質を使用したリチウムイオン電池です。

  • 液体とは異なり液漏れや蒸発がなく、安全性が高く、安定している
  • イオン伝導性が高く、充放電時間の短縮やエネルギー密度の向上が期待できる

全固体電池に使用できる固体電解質には、硫化物、酸化物系など、いくつかの種類があり、種類によって特性や利点、課題が異なるります。酸化物系の電解質はイオン伝導性が高い一方で、脆く、割れやすいために量産が困難とされています。一方、硫化物系の電解質は柔軟性があり加工しやすいが、酸化物系の電解質よりもイオン伝導度が低いという欠点があります。

まとめ

日産自動車は、2028年までに全固体電池を搭載したEVを発売すると発表しました。全固体電池の技術に関して注目すべき項目は以下の通りです。

  • 硫化物型と推定
  • 1000W/Lの電池容量の目標
  • リチウム金属負極を採用
  • コバルトフリーの正極の開発を推進

トヨタ自動車も、2027~2028年に全固体電池を実用化する目標を掲げています。今後の動向に注目したいと思います。

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